度重なる困難と犠牲の末────イーリス王国の敵、ペレジアの暗愚王ことギャンレルは地に付した。
此度の我が軍の戦将であるイーリス王国のクロムはギャンレルにとどめを指した宝剣から血を振り払い、「俺たちの勝利だ!!!」と声高々に叫んだ。
その瞬間、うぉおおおおお!!、と戦場の四方に散らばっていた兵たちの勝利の雄叫びが上がる。
将を討たれたペレジアの兵達は戦場に広がるクロムの発言に戦う気力を失い、武器を落として両手を上げ降参の意を示していた。
「クロムさん────……!」
ついに……ついにやり遂げた!
姉の敵討ちを遂げたクロムさんは「ルフレ!」と私の名前を呼んで抱き上げた。
「っすまない!、つい……!」
「いいえ、クロムさん、本当に……本当にやり遂げたんですね……!」
このまま喜びを分かち合いたい所だがここはまだ戦場だ。
一先ず状況を纏めようと、軍の部隊集め損害や捕虜の捕獲などを行う為本部として拠点を建てていた場所で集まる事になり、各地で分散させた兵達を収集する。
拠点に集まった兵たちは勝利を祝い、声を荒らげ、中には涙を流すものまでいた。
私は他の皆が集まるより先にクロムさんに呼ばれ、彼のテントの中で軍師としての誉れを受け取る。
「皆……今まで本当に信じて着いてきてくれて感謝する。特にルフレ、お前の働きのおかげでこうして皆で勝利を祝えるんだ」
「ぐ、軍師として当然の仕事をしたまでです……!」
そう言って大きな手で私の頭を撫でるクロムさんは姉エメリナ様の敵を伐てて最近までずっと強ばっていた表情も今は少しだけ穏やかな顔をしている様に見えた。
「クロムさん、……あの……」
「ルフレ、お前のお陰だ。こうしてイーリス軍が勝利出来たのも、被害が最小に止まったのも……お前には感謝してもしきれないな」
「クロム……さん」
ありがとう。そう呟いた彼……クロムさんは私の頭を撫でていた手を止め、その左手を差し出してきた。
「私も、貴方の軍師として戦えてよかったです」
「ルフレ……はは、なんだが改められると照れ臭いな……」
彼の差し出された手を握ると、また穏やかに微笑んでくれた。
……私のこの気持ちを言うなら、今しかない。
好きだ、と
貴方の事を愛している、と
身分も、正体も不明な記憶のないただ戦術に優れただけという小娘が一国の王に愛を告げるなど、烏滸がましいと思われるかもしれない。
だが、彼はルフレの事を半身と呼び慕い、こうして特別な情を向けてくれている。
────もしかしたら、クロムさんも同じ気持ちなのかもしれない。
そんな捨てきれない気持ちを告げようと口を開いた時、
「クロムさ……」
「クロム様!!」
────私の声は若い女性特有の高い声によって遮られた。
声の方に振り向く前に、声の持ち主は私を押し退けてクロムさんの胸に抱き付いた。
「ッ!?」
「スミア!?」
クロムさんに抱き付いたのは軍の一員であるペガサスナイトのスミアさんだった。うるうると瞳をうるませて上目遣いでクロムさんの事を見上げている。
その様子は王子様に寄りかかるお姫様のようで────私の頭は今のこの状況についていけずに混乱していると、テントの外から「おやおや」と何やらわざとらしい声を出しながら援軍の戦士フラヴィア様が現れる。
「クロム様!お怪我などはありませんか?何処か痛む場所とかはありませんかっ!?」
「落ち着けスミア!!ご覧の通り怪我ならひとつもない。ルフレのお陰でな」
クロムさんのその言葉と共にスミアさんはクロムさんに抱き付いたまま、視線だけ此方を見た。
「ルフレさん……これまでクロム様を守って下さりありがとうございます!!」
「い……え……」
なんだ、その言い方は。
これまで?この後はまるで用無しのような言い方だ。
それにこれでは────二人が恋人のよ、うじゃないか?
恋人のようなクロムさんとスミアさんは、寄り添って、お互いを見つめていた。
"ような"なんて言葉がいらないと思えるくらい、そりゃあもう熱烈に。
────待って、待って。
私は知らない。
彼の近くにずっと居たのに。
なんで二人は、二人が?
「お熱いねぇほらルフレ行くよ。おじゃま虫は退散しよう」
あとから来たくせに最初から居た私のことを邪魔というフラヴィア様に手を引かれて、私は引きずられる形でテントから追い出させる。
「い、え……あの、私はクロムさん……に」
────言いたいことが、あったんです。伝えなきゃいけない思いが。
その言葉が喉から出かかって、止まった。
テントの幕が落ち切る前に、見えてしまったのだ。
────二人が、キスをしていたのを。
「おやおや……こんな戦地でよくやるね………ルフレ?おいアンタ大丈夫かい?顔が真っ青じゃないか!?」
「……大丈夫、です……」
フラヴィア様が此方の顔色を覗くが、何故か焦点があわない。景色がぐにゃぐにゃと弧を描いていく。
ぐるぐるぐるぐる。ごちゃごちゃごちゃ。
色んな情報と行き場のない感情が私の中を渦巻いて、吐き気がした。気持ち悪い。"何か"が喉から込み上げてくる気がした。
「……クロム、さん」
なぜ私ではダメなのか。
────こんなにもこんなにも貴方の事が好きなのに。
その気持ちは行き場のない感情となり、口から全部液状となって吐き出てしまった。