私の産まれた家は至って平凡で、幸せな家庭だった。しかし、私が幼稚園に上がると同時に不慮の事故で両親を亡くし、一人となってしまったのだ。 親は二人とも一人っ子で、身近な親戚がいなかった。そこで引き取られたのがお日様園だった。 小さい私はただただわからなくて、泣くことしかできなかった。元々人見知りをする人間だったから突然連れてこられたここで知らない子と暮らすのに抵抗があった。だから最初のうちは義姉さんも義理父さんも困らせていた。 そんな時であったのが“ヒロト”だった。 “ヒロト”の本当の名前なんて知らない。ただ、義理父さんたちがそう呼んでいたからそう呼んでいる。 彼は私にサッカーを教えてくれた。 運動が苦手でひねくれている私にも、一個一個丁寧に教えてくれた。ドリブルで相手を抜けたり、シュートが決まったときの快感は今まで味わったことのないもので、私の心は満たされていった。 サッカーが出来るようになってからは対人関係も少しずつ変わっていった。 今まで一人だった時間は、みんなとサッカーをする時間に変わって、たまに義理父さんや姉さんのお手伝いもして、毎日が輝いて楽しかった。 しかし、そんな日々も簡単に崩れた。 ちょっとずつ義理父さんは変わっていった。優しかったあの頃が嘘のように変わっていった。そしてそれに反応するように皆も変わっていった。 サッカーもつまらなくなった。 楽しむためじゃない。勝つことは前提で、相手を傷つけるためのサッカーに。 “ヒロト”はグランと名乗るようになった。南雲も凉野も違う名前を名乗るようになって、仲の良かったあの頃が消えていくように仲は悪くなった。 皆で勝つんじゃない。一人で勝つ。自分が一番になるために... 私は、逃げ出した。 みんなを綺麗な思い出のままにしたかった。 いつか自分もああなってしまう。機械のようにただ言われた事をこなして、心を無くしてしまうのが。 やっと手に入れた温もりを消したくなかった。 何も悪くないのに、勝手にサッカーという存在を恨んで誰にも告げず私は消えた。 彼らの事はテレビで見てた。逃げたわりにテレビで確認するのはきっとまだ未練が残っているのだろう。 そして、その試合に終わりが来たことを知った。 そこから何日かたったあと、みんながまた元に戻りつつあることも知った。 特にヒロトや緑川は日本代表選抜に選ばれたとも聞いた。そこで新しい仲間に出会って楽しくしていることも。 そして、日本は見事優勝を納めた。 あんなにも、輝いた笑顔を見るのは久しぶりだった。 でも、私に喜ぶ権利はない。 自らその幸せを手放したのだ。きっと、いつかこうなることは解っていた。でも、それでも逃げ出したのは怖かったから。 あの箱庭を壊されたくなかった。 私達だけの世界を壊されたくなかった。 違う。私達じゃなくて、『私』だけの世界だ。 だって本当に好きだったら、ずっと傍にいたでしょ? でも私は逃げた。それが全ての答え。 離して掴んだ幸せに意味などない。 だから幾ら泣こうが、後悔しようが私には資格が、権利がないのだ。 私が喜ぶ資格は。 私が幸せになる権利は。 存在なんて、しないんだ。 *** 「僕の知らない世界で」様提出作品 |