二人だけの世界があればどれほど幸福に溢れているのだろうか。

何度も何度も彼らを殺して、何度も何度も同じ日を繰り返した。その度に悲劇を起こし、その悲壮精神が、彼にとっては大好物だ。
しかしそんな彼も心が無いわけではない。むしろ人間よりも人間らしく“生きたい”という強い意思を持っている。

私も初めはそれで良いと思ってた。いや、むしろ肯定していただろうし今も肯定している。彼らには可哀想と思ったけれど、それ以上に彼を愛して、彼と共にいたいと願っていたのだから。

ただ、繰り返す日常が少しずつ、気付かない程少しだが確かに変わっていた。
わからない。前の世界の記憶をもつ人間は私とクロハ以外いない筈だ。何故、何故、何故、世界が変わってゆく。
その時、一人の人物に目が行った。

「如月、シンタロー」

ポツリと零れたその名は最善策と呼ばれる青年の名だった。
まさか、まさかまさかまさか、アイツが気付いた?
いや、そんなはずはない。そんなことはない。そうならないようにしっかりと私自身で管理しているのだから。“目に焼き付ける”ような力がない限り、ない、本当に?
もしも彼が目の力を持っているとして、もしもその力が薊の作り出したものじゃないとして、もしもそれが一度見たものを忘れない力だったら?
クロハの、私の祈りが、願いが、夢が、野望が、理想が、壊れてしまう。それだけならいいかもしれない。
アイツは砂を吐きたくなるほど甘ったるい奴だから、クロハの手をとるのかもしれない。そうすればクロハは私から離れていってしまう。そうなればもう死ぬしかない。

ふと、脳裏にある作戦を思い浮かべる。きっと、この方法なら、二人だけの世界で暮らせるかもしれない。

茜色のあの子ではないけど、二人で生きるための、一人ぼっちの作戦。
きっと世界から否定されん誰に肯定もされない、最低最悪なモノだけれども、ハッピーエンドを画くにはこれが最善策なのだと、私は無機質で残酷な世界に微笑んだ。

*

結論から言えば、何百と繰り返した世界でクロハの祈りは破れた。

やはり鍵となったのは最善策である如月シンタローだった。まさかかつての主の孫娘である女王が力を埋め込んでいたのはビックリしたが。しかしそのおかげで私の作戦が成り立つのだから今回ばかりは感謝しよう。
彼らは気付かない。この場を、この展開を作ったのが、この世界の手綱を握っているのかをわかっていないのだ。その事実についつい笑みが零れしまう。

「俺は、死にたくないっ!!」

ねぇクロハ。
生きたいでしょ、死にたくないでしょ、だからほら早く早く早く早く早く。

「たす、けて、名前」

そう。それでいいのだ。
私は駆け足で彼に近付き、その手を取る。この行為にメカクシ団は驚きを隠せていない。

「名前、どういうことだ!」
「どうして名前さん!」

何か言ってるがそんなの私には関係ない。彼らは私の理想の世界を創るための駒でしかないのだ。しかし一人、考えている人物がいた。

「最初からこうなることを解っていたんだな」

一人、凛としてしゃべり、全てを理解したのは聡明な最善策。
ではここで、まだ解らない馬鹿な彼らの為にネタばらし。

「そうだよ。この為に今まで私は貴方達に力を貸してた。いや、私の願いのために指示を出していた、と言ったほうがいいのかな」
「どうしてそんなことをっ!!」
「どうして?愚問ね。そんなのクロハを愛しているからに決まっているじゃない。そのための作戦で、そのための駒だったのよ貴方達は」

ニッコリとそういい放てばすぐに黙りこむ。しかし、当然というべきか最善策は違った。

「つまりお前はクロハを愛しているからこそ俺たちの元に来た、そういうことだな」
「ええ、そうよ。物わかりが早くて助かるわ」
「俺たち全員をここまで騙すのは凄いよ。しかし、何故そんなことをした。本当にクロハを好きなのならクロハの元に着いてればよかっただろう」

ああ、駄目だ。
彼も結局は理解していなかった。この素晴らしい愛について。

「違うわ。本当に愛しているからクロハを裏切ってまでこの手段をとった。これが私の最善策なのよ」

一度そこで切り、もう一度周りを見渡す。

「私はねクロハとずっと一緒にいたいの。その為に何度もこの日を繰り返した。でもねそれだけじゃあ駄目なのよ。少しずつ日常は変わっていた。このままではカゲロウデイズが終り、彼が消えてしまう。それだけはどうしても防ぎたかった。だってそうでしょう?彼のいない世界に生きる意味なんてないし、彼のいない世界なら壊したくなるもの。だからそこで思ったの。ここには人が多すぎる。人が多すぎれば必ず逆らう人間が出てくるの、貴方達のようなね。そこで私は思ったわ。それなら二人だけの世界を造ってしまえばいいと。
けどね、残念な事にそれをなし得るためにはクロハの願いを潰さなきゃいけなかったの。だって、勝手にそんな事をしたら怒っちゃうから、彼が私にすがるのを待っていたの」

そう。確かに彼は名前に対し助けを求めた。
もしも彼女の名を呼ばなければ作戦を行うことはなかった。しかし、彼は呼んだ。そして彼女も呼ばれるのを解っていた。
つまりは彼女の出来レースだったのだ。

「私は貴方達に仲間意識なんてこれっぽっちも持っちゃいないわ。そもそも仲間だなんて言ってないでしょう?勝手に勘違いしていたのだから。
私は貴方達に協力してクロハが敗れるのを待った。そして彼が私にすがればこの作戦は成功なのよ」
「待て。お前は、」
「残念、時間切れよ」

その瞬間名前の目が赤く光った。そして、世界が闇に包まれていく。
『目を掛ける』は薊のシオンに対する愛から生まれた。
『目を焼き付ける』はマリーがシンタローに悲劇を終わらせる為に生まれた。
『目を閉ざす』は、それと同じように彼女のクロハに対する歪んだ愛情と独占欲から生まれたものだ。
闇に変わる世界で彼女は微笑んだ。

「閉ざされた世界の裏側で、ずっと二人で生きていきましょう?」

ズキリと胸が痛んだような気がした。


***
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