「……お見合い、ね」



送られてきた写真を見もしないでテーブルに投げ捨てると冷蔵庫に冷やしてあった缶ビールを一気に飲み干す。
あぁもういい加減にしてほしい。
さっきから振動を続けるスマホを見れば女友達からのメールや着信が何件かあり、軽い溜め息の後電源を落としてベッドに倒れこんだ。



(え!?別れたの?)
(あー自然消滅?うわー…きっついね)
(ねぇ、せめて引っ越すことくらいは伝えたら?まだわかんないじゃん)
(あ!そういえば私最近イイ男見つけたんだよねー紹介しよっか?)



色々な声が頭の中を駆け巡る。
うるさいうるさいうるさい。どうせ何とも思ってないくせに。
枕に顔を埋め目を閉じても眠気なんてくるはずもなく、むしろ二日酔いのせいでただ頭がガンガンするだけだった。


(自然消滅……)


そう考えると、元々私達は合わなかったのかもしれない。
彼が好きなのは人の悪口なんか絶対に言わない清楚で可愛らしい子。対する私は仕事の愚痴なんかしょっちゅうで、清楚とはかけ離れている。
また、彼が水色など淡い色が好きなのに対し私は黒や白などのはっきりした色が好き。
唯一彼の好みに合致しているのは私が立派な健康体ということくらいで、カップルとしてはあまりに好みがかけ離れていた。
そんな隙間にさらに距離という大きな溝が空いただけ。
だがそれだけで私達の関係はひどく危ういものになってしまった。
1日1回の電話が1週間に1回になり、3週間に1回、1ヶ月に1回……気が付けばほぼ音信不通に近い状態になっていた。
最後に電話した日も内容も思い出せない。
それなのに、テレビをつければ意図せず流れ出す彼の映像。
大会の成績やらゴシップやら…嬉しいものから私が望みもしないものまで全て流れてくる。
テレビ越しのインタビューなんかじゃなく直接声が聞きたい。会いたい。抱き締めてほしい。
が、ある日。
そんな思いを裏切るようにワイドショーで彼と可愛い新人プレーヤーとの熱愛報道が取り上げられた。
……不思議と涙は出ず、呆然とする頭でただ、もう駄目なんだとはっきり確信した。
そして次の日、近場の携帯ショップに行って電話番号とメールアドレスを変えた。万が一帰国してきたときのことを考え、黙って新しいマンションに引っ越した。
全て、彼との繋がりを完全に断ち切るため。
思いきって新しいスマホを買って、少ない給料で引っ越しまでしたのに。


(なんでまだ会いたいとか思っちゃうかなー私……)


別に好きとか愛してるとか言ってほしいわけじゃない。
ただ、あの端正な顔を一発殴ってやりたいのだ。
そしてはっきりと別れを告げて、全て白紙に戻し再出発したい。
……もう、同情されるのはたくさん。
新しい恋しようよ、なんて如何にもわかったような顔をされて、ただの人数合わせに誘われる合コン。
何も知らない親から結婚しろと毎月のように送られてくるお見合い写真。
それら全てが逆に彼を思い出させ、私を追い詰めてきた。
何とか吹っ切ろうと他の男性と食事に行ってみても、必ず彼の顔がちらついて集中出来ない。
忘れたいのに忘れられない。
向こうは私のことなんてとうに忘れているはずなのに勝手にずるずる引き摺って、やけ酒して。
なにより、別れたか別れていないかという自然消滅特有の曖昧な境界線のせいで僅かでも期待を持っている自分が嫌だった。
────ほんと、馬鹿な女。



(────お前さ、自分を悲観し過ぎじゃない?)
(何、いきなり)
(なんかいっつも自分は最低です生きててすみませんって顔して生きてるじゃん)
(え…ちょ、酷くない?)
(あれだよね、自分に自信無さすぎて常に遠慮してたら自滅するタイプ)
(そりゃああなたの隣にいればなけなしの自信も脆く崩れさっていきますよ。あと勝手に自滅させんな)
(ま、名前にだってそれなりに良いとこあるんだからもっと前向きに生きた方がいいよ)
(私の話を聞け)
(仮にも俺の彼女なんだから自信持った顔してなよ)
(私の話はスルーですか。あと仮にもってなんだ仮にもって。私は仮で他に真の彼女でもいるわけ?)
(は?言葉のあやだしお前だけに決まってるだろ馬鹿なの?俺がお前と付き合ってるのに別の女に手出すような奴に見えるわけ?)
(いやそういうわけじゃ、)





「───────だから、俺がお前以外の女に興味あるわけないだろ」





ん?あれ、私とうとう幻聴まで聞き始めたか。
おぼろげな記憶の中、やけに鮮明に聞こえた声に思わず口元が綻んだが同時に飲み過ぎて幻聴まで聞き始めた自分の頭にゾッとした。
……もう寝た方がいいかもしれない。
部屋の電気がつけっぱなしなのはこの際どうでもいい、とりあえず寝ようと顔を埋めていた枕をもう一度抱き込む。
が、次の瞬間無残にも何か物凄い力に奪われてしまった。
え、待って、誰かいる?あれ、私ちゃんと鍵かけたよね?え?



「何勝手に寝ようとしてるわけ?大事な彼氏が会いに来てやったっていうのに」
「は……かれ、し?」



突然の状況に混乱する頭のなか、恐る恐る目を開くとぼやけた視界の端にふわりと藍色の髪が揺れた。
嘘。思わず唇から漏れたその言葉を聞き、目の前の人物はよく中性的や美人と評されるその端正な顔を歪ませて不快をあらわにした。
何でここにいるのとか試合はどうしたのとか家の鍵はどうしたんだだとか様々な疑問が頭のなかを駆け巡ったが、辛うじて絞り出した掠れ声が最初に口にしたのは「本物?」という余りにも馬鹿げた質問だった。


「本物って…お前の彼氏の幸村精市は少なくとも俺だけだと思うけど。俺はこうしてここにいるし、幽霊やドッペルゲンガーのつもりはないよ」
「………………そ、う」


じゃあどうしてここにいるの。
何でここがわかったの。
どうして…そんなに泣きそうな顔をしているの?
呆然とする私とそんな私をじっと見つめる彼、幸村精市。
気まずい沈黙のなか先に口を開いたのは精市だった。



「─────死ぬかと思った」
「、は?」
「いきなり連絡とれなくなって、慌ててマンションの管理人にかけたら引っ越しましたって言われた」
「……うん」
「真田や柳に聞いてもなにも知らないって言うし…俺の知ってる限りの友達全員に連絡とって、不動産屋にも電話して……でも、どれだけ探しても見つからなかった」
「…………私は、もう…別れたんだと思ってた、から」
「な、にそれ……」
「自然消滅、したの…かなって……だから、」
「勝手に…別れたことにしないでくれない?俺は…俺は!俺の前からお前がいなくなるなんて考えたこともなかった…っ」



腕を掴まれ、一気に引き寄せられる。
一見華奢に見えるが、実は程よく筋肉がついて引き締まっているその体に痛いほど抱きすくめられた。
走ったのだろうか、汗とほのかな柑橘系の香りが混じった匂いに包まれ、あぁ私は今精市に抱き締められているんだと実感する。
同時に、嬉しいんだか悲しいんだか苛つくんだかよくわからない複雑な感情が渦巻き、一筋の涙となって頬を伝った。



「馬っ鹿じゃないの…!」
「え」
「勝手なのはどっち!!?私だってもう社会人で、1人の自立した大人なの!何でもかんでもあんたの言うこと鵜呑みにして待ってられると思う?」
「……じゃあお前は俺より情報番組とかゴシップ記事を信じるわけ?」
「そうは言ってない!別にゴシップだらけの週刊誌とかテレビの報道をまるごと信じてるわけじゃないけど、私もそれなりの会社に勤めて、上司に気を遣って、接待に付き合って…スポーツ業界はどうなのかなんて知ったことじゃないけど一般的な大人の男がどういう付き合いをして、夜はどういう店に行って、どういうことをするかなんて嫌というほどわかってんのよ!
電話の回数だってどんどん減って、おまけに何万キロと離れてる場所にいるあんたのことが不安で不安で仕方なくて…それでも信じて待ってたらまた熱愛報道?そんなの信じられなくなって当たり前じゃない!」
「名前…」
「私がどんな思いでここまでする決断をしたと思う?何年もずっと好きだった男を忘れるために私がどれだけ努力して…っ、馬鹿みたいに、ずっと信じてた私が……!」



女のヒステリーほど嫌なものはないとよく言うが、女のヒステリーほど1度始めると止まらないものはないらしい。
多分私は今、メイクも髪型もぐちゃぐちゃの状態で泣き叫びながら相手に怒りをぶつけるみっともない女だろう。
そんな醜態を晒すなんて一番したくなかった。
いっそ遮って、もう終わりだと言って出ていってほしい。
強い彼に相応しい女になろうと作り上げた仮面が脆く崩れていく。
こんな私をこれ以上見ないで。
お願いだから、もう終わらせて。
祈るように手を握りしめると、その手の上にもうひとつ手が重ねられる。



「ごめん」
「………っ…」
「謝っても謝りきれないけど……、本当にごめん。名前が、俺が倒れた時も、負けた時もどんなときでもそばにいてくれたから、名前なら俺の事何でもわかって待っててくれるって勝手に思ってた」
「……自意識過剰」
「ごめん。でも名前を忘れたことは1日もないし、別れるつもりもない」


目が、合った。
これまでにないくらい真剣な精市の目。


「名前」
「…なに」
「好き」
「そう言えば許されるとでも?」
「そうは思ってない。でもずっと伝えてなかったし、俺は別れたくないから」
「……普段は言わないくせに」
「だから今ちゃんと言ってるだろ。名前がいなきゃ俺は駄目なんだよ」



いつもはぶっきらぼうなくせにこういうときだけ狡い。
そんなふうに思いながらも、結局私はこんな甘い言葉を伝えられるだけでまた簡単に精市を信じられてしまうようになるんだから怖い。
涙でぐちゃぐちゃの顔をこれ以上ブスになってどうするの、なんて言いながらもハンカチで拭ってくれるそんなちょっとした優しさも、何もかもずっと好きで。
忘れられるわけがなかった。
彼が私がいないと駄目だというように、私も精市がいないと駄目なのだから。



「っていうかどうやってここわかったの」
「柳に頼んで柳の女友達からお前の女友達に交渉してもらった後俺が直接会って住所教えてもらった」
「へ、へぇ……あれ、鍵は?」
「管理人のおばさんに泣き落としで開けてもらっちゃった」
「口説きおとしの間違いじゃないの」
「あ、今日泊まってくから」
「話変えんな」
「で、1週間したらイギリスに行くよ」
「スルーですか。って、はい?」
「名前がいなきゃ駄目だって言っただろ。聞いてなかったわけ?」
「いや、聞いてましたけど…え、イギリス?私も行くの?会社は?」
「そういう手続きするために1週間とってあるんだよお前馬鹿なの?」
「本っ当…ああいったらこういうよね。私の話聞かないし」
「名前」
「はいはいなんですかー」
「愛してる。今度は絶対不安にさせないから俺のそばにいて」


─────────ああもう…敵わない。


君の言葉は砂糖でできている



*****
相互サイトの、ハノさん宅よりキリ番を踏んで頂いてきました!
やっぱり有無を言わさないのが幸村様だと思います。はい。
この小説を見ながらニマニマしていたのは私です←
ハノ様、ありがとうございました!
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