【波が聞こえる】

作:カナモノユウキ

【A】

「波が聞こえる」
「空耳だろ、中央区で聞こえるわけないだろ」
寝室で交わした彼との最後の会話、まさかあんな会話で終わるなんて。

【B】

ある日の日曜日、横で寝ていた彼女がいなくなった。
「かおり、いないのか?」
買い物にでも出かけたのかと待ってみたけど、結局その日以降かおりが帰って来る事はなかった。
婚約前に出て行かれるなんて笑えねーよ。
二日後、かおりの実家に連絡したが繋がらず、その実家にも行ったが門前払いか誰も出てこなかった。
「俺がなにしたってんだよ!」
付き合って8年、数年前からの倦怠期もだいぶ長引いてヤバいと起死回生にプロポーズしたけど。それが悪かったのか?
いや、まさか。全く身に覚えはないが、出て言った理由をひたすら考え続けた。

それから一週間、世の中ではかおりのような失踪事件が多発しているらしく。
調査中らしいけど、どうやら世界規模の話らしい。
かおりは、何かの事件に巻き込まれたのか?何故?
理由はどうあれ、この時間が早く終わればいいと願うしか俺には出来なかった。

【A】

恋なんて時間は等に過ぎて、彼氏彼女よりも夫婦のような関係になった私達。倦怠感が支配仕切ってた時、彼は急にプロポーズしてきた。
だけど一か月立っても、されただけで生活には何も変化はない。
「こんなことなら、変に期待持たせないでよ。」
いつもの寝室で、いつもの乾いた空気を潤すわけでもなく今日も変わらない背中にイライラしていた時。
波が聞こえた、それも足元ぐらい近い距離で。

「波が聞こえる」
「空耳だろ」と言う彼には聞こえてないようで、波のことよりその冷めた態度に私は怒りが沸いた。
明日にはちゃんとケジメを着けようと、そう思った矢先。
波の音がさらに近く大きくなり始めた。
「うるさい…、なんで?」
部屋に水などなくただ波の音が響く、あまりの音量にリビングに飛び出し外を伺うと。
理由は目の前に忽然と現れていた、3階建ての札幌中央区にほど近いマンションの外に。
「…海?」
目の前の異様な光景に目眩を起こしそうになった。

「波、引いてく……あ」
直後、その不可思議な海は大きな波を作り。
ただ状況を飲み込めない私をマンションごと飲み込んだ。

【B】

かおりが消えて半年、捜索願を出したがそれ以降何の進展もない。
その間、俺はかおりとの事をずっと考えてた。
俺の生きる目的、好きって気持ちがちゃんとあるのかないのか。色々なことをぐるぐるぐるぐる。
思い出の地を巡って彼女を探したりもした。
でも、答えなんて出なかった。

「かおり、会てえよ。」
夜の寝室で一人枕を濡らす情けねー自分。
この半年で解ったことは、かおりが好きで好きでたまらないってことだけだった。
いなっくなって気付くなんて、懐メロの失恋ソングみてーだ。

眠れず気を紛らわすようにテレビをつけるとニュースが流れていた。
[世界の人口約三分の一が失踪した7・7大量失踪事件の続報です。現段階で発覚した失踪者の数が二百十七億六千七百八万人でしたが、本日の集計で二百十九億に上る事がわかりました。失踪者には内閣総理大臣である林田総理も含まれており引き続き世界規模での捜索が行われております。]
総理大臣よりもかおりを探せよ!
やり場のない気持ちが、ただただ俺をイラ立たせていった。

【A】

気付いたら、私はリビングで倒れていた。
「あれ、波にのまれて…それから…。」
凄い波が街を襲ったような光景だったのに、目が覚めるといつもと変わらないリビングと、何も変わらない日曜の朝が広がっている。
あれは夢だったのかなんて思い、スマホを取りに寝室に行くと一つ目の変化に気付いた。
「ともひろ?」
彼が寝室に居ない。出不精で、日曜は最低でも昼まで寝るようなともひろが。
こんな朝の六時に?
些細な事だったけど、言い知れない不安に疑問が沸く。
本当に何も起こっていないんだろうか?

電話を掛けて、異変に気付いた。
【お掛けになった電話は、現在使われておりません。】
昨日の夜に通話できた番号が使えない?そんな事があるんだろうか。
ともひろの友人にも電話したけど、どの人も使われていないと言われてしまう。
「今何が起こってるの?」
不安をかき消すために付けたテレビは、どのチャンネルもしばらくお持ち下さいの一点張りだった。

【B】

かおり、世界が壊れ始めたとしか思えないことが次々と起こってます。
中小企業の倒産が過去最低件数に上って俺の会社も倒産してしまったし、税金は急に五十パーセントまで上がって訳の分からない法案が次々可決されてる。
かおりが波が聞こえると消えてから2年、君を探す日々にも影響が出て来た。
君の地元を探しても、思い出の土地を巡っても君の痕跡すら見つけられない。
日に日に諦めと後悔が渦巻く。
かおりが帰って来るなら何でもするから、奪ったやつがいるなら返してくれ。
今すぐ返してくれよ、じゃないとここで迎えることが出来ないじゃないか。
世界が壊れ始めたって言ったけど、実は今徴兵制度が再度見直されて可決された。
そう、戦争が始まるんだ。
総理や政治家を大量に奪われたって数か国が敵対国を攻撃して、それがどんどん激化して世界に広がったらしい。本当に訳が分からない、戦争する理由があんのかよ。
現代に必要な戦争じゃない、明確な理由もない様にしか見えない戦争に命なんて掛けたくないんだよ。
命を懸けるならかおりに掛けたいんだ。
神様、夢ならこんな悪夢覚ましてくれよ。
「もう一度だけでいいから会いたい、次はちゃんと愛してると言いたいんだ。」
徴兵の知らせが来て、この部屋で待てる数少ない日々の願いは諦めに消えた。

【A】

ともひろが消えてからの半年間、色々あって今私はお父さんの手伝いをしている。
大学で社会物理学の研究をしてるお父さんが、職員の大半を失って事実的に倒産して無職になった私に「大学で、お前も同じ社会物理学を専攻して学んだ身だ。何か役に立つかもしれないしな。」と声を掛けてくれた。
七月七日のあの日、世界の人口の約二分の一が消えた夜に何が起こったのか。
わかったことはまだ少ないけど、IQが百十以上の人たちが残ってるみたい。
この現象が意図的なのか、自然現象なのかをお父さんの研究チームで調べてる。
ともひろ達が死んだのか、生きているのか。
先ずはそれを突き止めようと思う。
世界的に人口は激減したけど。何かが壊れた訳じゃないからこそ経済的復興は早かった、今では逆にスムーズに世界が動いてる気だってするの。一人でも上手く生活出来るように国として疾走者特別免除金制度を認めてくれたからこそだけど、少し複雑な気分。
正直あのまま終わるのは、何だか嫌だと思うの。
言いたいこともあるから、貴方のことを探すために今は頑張ってみる。
それに一人じゃこのマンション、広くて落ち着かないな。
貴方に会いたいと思うの、そういえば久しぶりだな。

【B】

どうやら失踪事件は自衛隊にも影響があったらしい。
隊員の半数が消えたことで人員不足を補うための徴兵制復活らしい。
馬鹿馬鹿しい、足りない所を無理矢理補っても能力がないんだから無駄だろーが。
経済的制裁だけで十分なんじゃないか?戦争までしなくていいだろ。
それにこの現代で兵士なんて必要なのかよ、無人ロボットだドローンだと人間が傷つかなくてもいいように用意したもんはどーなってんだよ!
この世界にはバカしか残ってねーのか!?
俺が恵庭の駐屯地に来てから2年、毎日訓練と待機の日々だ。
外出は厳禁でマンションがどうなってるか確認出来ない、かおりと俺が帰る場所がどうなってるか心配で仕方ない。
今何処の国かは確認中らしいが無人機による無差別空爆が多発してるらしい、いつ札幌も標的になるか解らない。
かおりがこの戦禍の被害に会ってないか心配で仕方ねー。
神様、どうかかおりを守ってくれ。
そして、無事に俺を返してくれ。

【A】

あれから5年、結果的に世界はとても平和に作り替えられた。
奇しくもあの失踪現象で、人口が整理されたかのような状態になって。
環境問題やエネルギー問題までもが解決に向かっていて。
何かが壊れた訳じゃなかったからこそ、節約と行動で補えたのが幸いしたのね。
今では皆失った悲しみを乗り越えて、平和な生活を送ってる。
今だにあの失踪現象の謎は解明されてないけど、私は諦めてない。
今更戻って来ても困ると、失踪者帰還を望んでない人も居るけど。
貴方や他の失踪者が帰って来ることが、ゴールだと信じてるから。

【B/A】

B/「かおり、やっとこの部屋に帰って来れたよ。ごめんな。」
A/「遅いよ、今更こんなの。」
B/「やっと終わったんだ戦争、君のことずっと心配してたんだ…。」
A/「やめてよ、吹っ切ろうとしてたんだからさ。」
B/「結局、なんも解決せず終戦だってよ。馬鹿げた話だ。」
A/「いつ、用意したの。こんなの。」
B/「プロポーズして直ぐにさ、用意したオーダーメイドの指輪。サイズ調整とかで渡せなかったやつ。」
A/「今更、指輪なんて。」
B/「今更、家に届くんだもんな。」
A/「さよならって、言おうと思ったんだよ。」
B/「プロポーズ、やり直したかったな。」
A/「貴方を見付けられなかった当て付けみたいじゃない。」
B/「君は帰って来ないんだっていうこと、なんだよな。」

A/「貴方は、今。」
B/「君は今。」
A/B『どこにいるの?』

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