【明日は美しい】

作:カナモノユウキ

誰かが忘れへんかったら、人は生き続けるねんて。
だからな、もし私がいなくなったら、忘れんといてな。
そんなことを話す、夕陽を背にした彼女の笑顔が。今も頭の大事なところに焼き付いて消えないのは、きっと忘れないためなんだろう。

遡ること十数年前、2001年の2月。
マンガとアニメが好きで、漫画絵を描いては夢を膨らませていた中学生の自分。
中三の受験を終えた僕に、急転直下の事態が舞い込む。
急に大阪の高校、しかも定時制に通うことになったのだ。
理由はなんとも腑に落ちない理由で。
「あんたはその子と一緒に居たら駄目になる!離婚した旦那に預けな!」と自称占い保険屋に言われた母が、疑いもせずその言葉を実行に移したから。
今考えても、理不尽の極みだなと思わざる終えない。
唯一その話で腑に落とす点があるとすれば、僕は離婚して数年立っていても父さんが大好きだったことだ。
だからこの話に不安や恐怖が無かった訳ではないが、6年も離れて暮らした父さんと住める!と喜び。
送り出される理由よりも何よりも、その一点を糧に僕は大阪に乗り込んだ。
しかし、ここで僕は油断していた。急転直下の落下は思っていた程浅くはなかったのだ。
着いて二日後、「お前と住むのは無理や、寮を用意したからそこで高校通え。」と急な独り暮らし宣告。
どうやら父は僕と暮らす気などなく、着々と寝床を用意していたようだった。
母には妙な理由で札幌から追い出され、父に関しては理由すら教えられないまま、僕ははじめての一人暮らしを開始することになった。
高校は定時制になり、普通の高校生が勉強してる時間帯はアルバイトをして夜は学校で勉強をするという生活。
春に転入し、早生まれたる僕は十五歳でイタリアレストランのアルバイトをはじめる。父曰く「一人暮らしをはじめたなら、遊ぶ金は自分で稼げ。」だそうで。
全て僕の意思は存在せず、その環境を受け入れるのに時間が掛かった。
僕がなにしたんだろ、僕は必要ないのかな。
などと思春期の悩みも消化しきれていなかった僕には、多大なストレスだったことだろう。
六畳半の部屋で自問自答する日々は、春の終わりに意外な解決を見せる。

授業が始まる前、学校の非常階段で夕陽を見ながらパンを食べるのが癒しだった。
そこに急に来客が現れた。
「自分札幌の人なんやろ?」
友達作りも悪戦苦闘していた僕に声を掛けてくれた女の子がいた、同じクラスだけど休みがちでほとんど喋ったことのない子だった。色白でショートヘアーに整った顔立ちで、第一印象は可愛いだった。明日美という名前が僕の好きな女優と一緒で、より一層テンションが上がったのを覚えていた。
「せ、せやで!」と慣れない大阪弁で返答。
「無理して大阪弁使わんくてええよ、私札幌の雪まつり好きやねんな!ちょっと札幌の話聞かせてよ!」
大阪に来て一ヶ月の間、札幌なんて話題にも上がらなかったのに。そこを聞いてくれた人が現れた!とテンションが高まり話まくって授業を遅刻したのが、明日美との出合いだった。
「明日も来るから、また聞かせてな!」
その日から僕の毎日は変わった。
「雪ってそんなに降るん!?すごいな!」「天王寺動物園のトラがめちゃくちゃ恐いねん!」
「だべ!ってせやろ!って意味やんな。」「日本橋は大阪の秋葉原やねんで!」
体が弱く、休みがちの明日美に会える日は限られていて。放課後も親が迎えに来ていて、帰りに喋ることも難しかった。だからこそ、唯一会える休み時間は唇が乾くほど話をした。
その日その日を全力で生きているような彼女に僕は引かれ続け、そんな日々はあっという間に夏を向かえた。
そして、僕にとっての大事件が起きる。
「あんな、好きやねん、付き合わん?私と。」
十五年生きてきてはじめて青天の霹靂を経験した。
「もしかして、私んこと嫌い?」
フリーズした頭を再起動させ答えた答えは我ながら変だった。
「僕も好きです、付き合って下さい!」
「変なの!せやったらOKでええねんな!よかったぁ!」
その嬉しそうな笑顔は僕の宝物になった。
「彼氏彼女ってなにするんやろね。」
告白した直後にした会話は、あっけらかんとしていて笑えた。
僕は生まれてはじめて恋人と呼べる人が出来て、正に有頂天になった。
夏の始めに父から連絡用として供給された携帯は、父よりも彼女とのメールが主な役割になり。
メールで彼氏彼女とは?と言う会話で盛り上がり、あまり会えてはいなかった彼女との会話は数日に数回から1日に数回に変わった。そんな状況で向かえた夏休みは、まるで夢のような日々だった。
天王寺動物園や日本橋、梅田の地下を探検したり海遊館に映画とデートのフルコースを楽しむ。
体調の悪い彼女の体を気遣い、長い時間は居れなかった。
だからこそ、その分全力で楽しみ。
彼女の笑顔がもっと見たくて、デート終わりは必ず次のデートの話をした。
アルバイトも苦じゃなくなり、寧ろ稼ぎたい欲が出るほどに順応してきた。
夏休みの終わりごろ、彼女から泊まりに行きたいと申し出があった僕の盛り上がりたるや計り知れない喜びに満ちていたことだろう。
OKと即答して、あっというまにその日を向かえた。その日は、今でも忘れられない時間になった。

午前九時、待ち合わせの一時間前に地下鉄の駅へ彼女を迎えに行く。
彼女が三十分前に来てくれたこと、改札で名前を大声で呼んでしまうくらい嬉しかったな。
午前中は夜の為の買い出しやレンタルビデオ選びに費やし、「何か新婚さんとかこんな感じなんかな。」と言う彼女の言葉にときめいたりして。午後は買い出しで体調を崩したこともあり、部屋でまったりと借りたビデオやテレビを見てくつろいだ。
終始会話は弾んでいたけど、体調が悪いのか不意に暗い顔をする彼女をみて不安になる。
至福の時間はあっという間に過ぎ、夕方ごろに彼女が「大阪城近いんやろ、体調回復したし。ちょっと散歩行こう。」と歩いて数分の大阪城公園へ。
大阪城は観光客が多く、城に近づけば近づくほど賑わっていて。
人混みに流されながら宛どなくゆっくり歩いていると、夕陽が綺麗に見える場所を発見。
「あそこ綺麗やな、ちょっと見てかへん?」と提案する彼女が手を引き、二人で夕陽を眺める。
手を握ったまま彼女から唐突にされた会話は衝撃しかなかった。
「私、あんまし長く生きられないねんて。」
「…どうして?」
「病院でな、お母さんがそう言われてんて。このままやと長く生きられへんねんて。」
「体、そんなに良くないん?」
「最近特にな。遊びに出歩いてたことは関係ないよ、ちゃんと薬も飲んどったし。」
不安に掻き立てられたのは、確かな感覚だったんだ。
「昔から心臓弱いねん、私。6月ぐらいから少しずつ悪化しとってな。せやからさ、夏休み終わったら入院とかすんねん、来年手術するためらしいけど。」
その弱弱しい横顔が、部屋で見た彼女の顔と重なる。
「今以上に会えんくなるな思ったら、今日ちょくちょく寂しくなってしもた。」
「大丈夫だよ、ずっと会えなくなる訳やないし!携帯でメールしよう!毎日メールしよ!電話もちょくちょくしよ!」
根拠のない大丈夫だよは、彼女にどう聞こえたんだろ。
「せやね!携帯って便利やね!」
「それに、次は僕があすに会いに行くから!」
「ほんま!?ちょくちょく来てくれる?」
「行く!必ず行く!」
「ほんなら、私頑張れるわ!」
いつもの彼女の笑顔が現れて、少し安心したのはきっと僕への優しさだったに違いない。
また少し、彼女の顔が曇る。
「それにな、最近怖いことあってん。近所のおじいちゃんがな、孤独死してな。」
「おじいちゃんは親戚かなにか?」
「全然関係ない、たまたま病院で仲良くなってん。お母さんが言っとったんやけどな、そのおじいちゃん家族もおらんくて親戚もよーわからんらしくて。お葬式もないねんて。」
「おじいちゃん可哀想やね。」
「中学卒業する時ぐらいかな、死ぬことについて話してくれてな。」
「それが怖かったん?」
「全然、そやなくてさ。私が今覚えとるからそのおじいちゃん生きとるけどさ、私が死んだらおじいちゃん完全に死んでまうなって思ったら何か、怖くて。」
彼女から死と言う言葉が出て、言葉を失った。
「おじいちゃんが言うとってん。誰かが忘れへんかったら、人は生き続けるねんて。周りの人と一緒に、その記憶ん中で生き続けられるねんて。だからな、もし私がいなくなったら、忘れんといてな。」
そんな悲しい話をする彼女は笑顔で、僕は浅い言葉を吐きたくなくて、一言「うん。」としか返事出来なかった。
帰り道に彼女が「ちょっとでも長く、一緒にいよな。」と呟き、僕はまた「うん。」と呟く。
家に戻ってからは、二人でとにかく楽しんだ。
今しかないんだと焦り、とにかく思い付くことを話して、一緒に見たいものを見て。
その日の最後に明日美が好きな映画、月とキャベツを観賞、寝る時は不安の分寄り添って眠って。
翌朝、名残惜しさに泣いた彼女と一緒に泣き、夏休み最後のデートは終わった。

秋になり、僕達の会う回数は激減。
学校に来る回数も、携帯でのやり取りも減った。
それでも、会える日はいつもと変わらず沢山話をして。
いつもの非常階段で、いつもと変わらない彼女を見て僕は安心する。
秋の終わり、約束通り僕は明日美の家に遊びに行った。明日美が生まれた歳に建てたそれは立派な一軒家。
「男子来るんはじめてや、何かウケる。」
僕が来たことが嬉しいのか面白いのか、部屋へ案内してもずっと彼女は笑っていた。
部屋には漫画やゲームが沢山あり、男子の部屋みたいで「引いた?」と聞く彼女へ「全然、テンション上がった。」と明るく返答。寧ろ喜ばしい光景でホッとしたぐらいだ。
好きな漫画の名場面や彼女の卒業アルバムを見て会話した流れで、明日美と言う名前が好きな女優と名前が一緒だとカミングアウト。
「その女優さん美人?名前の由来も一緒かな。」
「明日美って、明日も美しい子でありますようにって意味じゃないの?」
「ちゃうねんな。」ドヤ顔って言葉はその当時無かったけど、あればその顔をそう呼んでいた。
「明ける日々を美しい心で過ごせますようにって意味で、明日美なんやて。素敵やろ!」
「何かええね、あすっぽい。」
「ゆうもええ名前やんね、優しいに希望やろ。ピッタリやん!」
「荷が重いよ、希望なんて。」
「私には、希望やねんで。優希は。」
明日美の希望になれるなら、その一瞬でそう思わせてくれた彼女に僕は今でも感謝している。
その日は晩御飯をご馳走になり、彼女の家族とも楽しく会話し充実した時間を過ごす。

それが、最後だった。

2001年11月、明日美は緊急入院した。
風呂上がりに倒れてそこから意識不明になり、一命は取り止めたが油断出来ない状況で入院するとのことだった。
しばらく連絡が出来なかった僕に担任から告げられた彼女の凶報は、この上なく僕をかき乱す。
翌日、明日美の入院している病院に向かう。
辛そうだけど、いつもの笑顔の彼女がいた。
「ごめんな、連絡でけんくて。心配かけたよね。」
「当たり前やろ、良かった無事で。」
「流石に、死ぬかと思ったわ。」
流石に長く話すことは出来ず、軽く話をして帰り。
それから数日、バイトのない日は朝からお見舞いに行き夜は学校という生活。
入院当初は少なかった彼女とのメールも、順調に回数が増え「もうすぐ退院できるで!」と言ってきたのは12月に入ってからで。
退院後に明日美の祖父母がいる神戸にいい病院があるらしく、しばらくそちらに行くと連絡が入り「頑張れ!待ってるからね!」と送り出し。
それから9日後、再度倒れた彼女はもう戻って来ることはなかった。
お母さんから聞いた明日美の最後の言葉は、「悔しい」だったそうだ。

亡くなる3日前、学校帰りに明日美から着信があり電話に出た。
「あんな、聞いて。ムカつくことあってん。中学の友達がな、彼氏にフラれて死にたいって言ってきてん。私な、むちゃくちゃ腹立ってん。そんなんで死にたいとか言うなや!そんなんで死ぬならアンタの命よこせや!って。だってそやろ、無駄にするんやったら私に来れればゆうと有意義につこーたるのにさ!」
彼女が本気で怒るなんてはじめてで、僕は返事に困る。
「勿論さ、冗談なのはわかってんねん。けどさ、今の私には許せへんかってん。もっとゆうと一緒にいたいのに、何贅沢ゆーてんのって。」
「明日美は、僕のことホンマに好きでいてくれるんやね。」
「当たり前やろ、彼氏やもん。」
「聞いてみたかったんやけど、何で僕やったん?」
「クラスでな、はじめて見たときなんや優しそうやけど寂しそうにも見えてほっとけんかって。んでな、話てるうちにゆうの優しさを守りたいなって思ったら好きになっとった。」
「あと、優しい希望ってなんやカッコいいなって思って。」
「外見は?」「まぁまぁやな。」
「まぁまぁか。」
「いつの間にか、大好きになっとったよ。」
それが明日美との最後の会話。

明日美の訃報を聞いた時、信じられず大阪から自転車で神戸に向かって走ってみたが。
現実が変わる訳でもなく、僕は悲しみにうちひしがれた。
彼女の通夜には参列出来なかった、理由は彼女を見てしまうと現実を受け入れてしまうから。
僕はその時、大阪に来てはじめて全てのことから逃げた。
冬休みが終わり、学校に行き始めたのは確か始業式から一か月後だった。
大阪で大半の生きる糧を失くした僕は、それからしばらくして札幌に戻ることになり。

大阪での生活は、終わった。

彼女の両親はその後神戸へ移り住んだ、あの家にいると悲しくなるのだそうで。
彼女との写真は限りなく少なく、今思えばいっぱい撮っておけば良かった。
お見舞いの時二人で聞いて盛り上がった宇多田ヒカルの「traveling」を聞いては胸が苦しくなる。
あれからも僕は明日美と過ごした7ヶ月間が忘れられずに、思い出を擦りきれるほど思い返した。

最後に、ありがとうと伝えたかったな。

ここにこうして文字に起こしたのは、きっと忘れたくないからなんだろう。
僕なりにけじめもつけたかったんだろうな、あの時何から逃げたかったのか。
彼女に異常に依存した自分から。
彼女という生きる意味を失った現実を受け入れたくなくて逃げたんだなと。
僕の物語はまだしばらくは続くんだろうけど、彼女の最後の物語は僕の記憶の部分だけでも残せた。
これで少しは、あすが生き続けられるのかな。

こうして書き終えた上で尚、「明ける日々を美しい心で過ごす」を今もずっと考えてる。
あすは、そう居ようとしてたから笑顔だったのかな。

その笑顔とその意味を、彼女が生き続けるなら、死ぬまで考え続けようと思う。

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