【死体を埋める】

作:カナモノユウキ

朝焼けの防波堤を歩きながらシャベルを肩に乗せ聞いた。
「今僕どんな風に見える?」
「ん?んー、負け犬。」
「それ、笑えないな。」

今日僕は自分の死体を埋めに海辺に面した林へ行った。
自分でも何言ってるかまだわからない。
でも事実なんだ、それは現実として現れたんだから。

それは数日前に始まった。
「うわぁ。」
「どうした?」
「え?え!?えー。」
同居人で中学からの腐れ縁である武内はそれは驚いたことだろう、昨晩呑み明かしていた親友が朝方妙な声を上げて二人になっていたんだから。

「それ、お前か?」
「僕、だな多分……僕こんな顔なんか。」
「それ、寝てんのか?」
興味深く横たわる僕自身だと思われるソレを触っていて気がついた。
「これ、熱がない。」驚いて手首に手をやると「脈もない。」
「ってことはだよ、ソレ死体か?」
思わず掴んでいた手首を投げる。
「僕死んでる!?」驚きで鼓動が速まり、冷や汗が吹き出し喉が乾く。
体の隅々までパニックで異常をきたした。
気付くと叫び声を上げている僕を武内が押さえ込もうとしてた。
「落ち着け!お前は生きてる!生きてんだよ!」
確かに、僕が生きてる感覚は間違いない。
ならこの横にあるソレのことが益々わからなくなってくる。
「とりあえず、居間に移動して話しよう。」

体の異常も治まらないまま居間に移動して僕と武内は話をした。
ソレがなんなのか、いつ現れたのか、ソレをどうするか。
答えは二転三転しては振り出しに戻り、気付けば昼になっていた。
二日酔いなのか、それとも混乱による偏頭痛か。
具合は最悪だったのでその日の仕事も予定もキャンセルして、武内も看病なんて口実で仕事を休み、二人ソレをどうするか悩み抜いた。

武内の結論は呆気なかった。
「お前から出たすかしっぺの結晶だ、ソレは。」
「はぁ?1日考えてその答えかよ。」
「いいか、ソレはきっと気を使いすぎて盛大に出すことを忘れすかしっぺしか出ないお前のモヤモヤの結晶だ!日頃の圧し殺したおならだからこそ生きてないんだよ!」
意味がまったくわからないけど、疲れていたのかなんなのか妙な説得力に少し納得した。

「じゃあソレをおならの結晶だとして、処理どうしよう。」
「その内消えるだろ、ガスだし。」
そんな訳ない、触れたからこそわかる。
ソレは僕と同じく、生きていた。
僕の中でなのかそんなの全くわからない、けど何となくわかるんだ。
「ガスじゃないよ、僕なんだから。」

「んじゃ、埋めるか?」
しばらく考えたけど、それしかなかった。

武内曰くすかしっぺの結晶が現れて3日目。
たまたま休みで日中ずっとソレを眺めながら何で現れたのか考えてた。
「なぁ、キミはなんなの?」
自分のすかしっぺに何聞いてるんだろと、自身に呆れた。
ソレと自分を触れ比べた、質感も全て自分のままだった。
ソレの手に触れた時、手のペンダコに気が付いた。
「これ、昔のペンダコだ。」
学生時代からの夢を追いかけていた証拠とも呼べる僕の勲章、今の手には小さく跡形しかないものが、ソレの手には昔のままあった。
僕は何だかとてもいとおしい気持ちになり、気付いたらずっとソレの手を握って泣いていた。

深夜3時、仕事から帰って来た武内とソレを埋めにいった。
場所は家から車で一時間、山を二十分登り、下り坂を三十分下った先の海辺。
近くにはよく不法投棄が問題になっていたがお金がないのか何なのかずっと手付かずの林があり、ちょうどいいと言う話でその林に決めた。

武内とレンタカーを借りて海辺に向かう最中、真面目な話をした。
「あの日の話さ、覚えてる?おならが現れる前の夜の。」
「呑んでた時の話?」
「そう、お前それでいいの?」
「…うん。」
「お前こっち来てなんも出来てないじゃん、街の方がまだ何か可能性あるかもって出てきたんだろ?このまま終わるんは違うんじゃないの?」
「いいんだよ、決めたんだ。」
「二十六歳でフリーター、まだ踏ん張れんだろ。」
うるさい、正直そう思ってしまった。

武内と僕は昔から夢を追う仲間だった、例えそれが違う夢でも。
武内はシンガーソングライターを目指し、僕は小説家を目指していた。
僕の高校時代はずっと雑誌に応募しては落ち続け、武内は近所の商店街で歌い続けた。
大学は「書き続ける」為に文系の大学へ。
武内は大学には行かず、歌い続ける為自由の道へ。

僕の入学を切っ掛けに武内と一緒に上京、むさ苦しくも仲間の絆を信じてルームシェア開始。
入学しても薔薇色のキャンパスライフには目もくれず勉強しては書き続けて、日に日に増す言い知れない不安や焦りの分出し続けた。
結果は惨敗、ついでに大学も中退。
何もかもが有耶無耶になりはじめ、残ったのは奨学金という借金とキツキツの生活。
原稿用紙に向かってたペンは飲食店のバイトで伝票に向かうことが増えた。
そんな自分が当たり前に埋もれる現実を、僕は受け入れたんだ。

真夜中の車内、余計な事を言われたせいか言い訳を探すように過去を思い出してイライラしはじめ「余計なこと言わないでくれ」と吐き出しそうになった時、暗い中に海が見えた。

「海って凄いな、見えた瞬間色々どーでもよくなるよ。」
「そうだな。」
そこからは会話も一切無く、車は防波堤に着いた。

カモフラージュの為、ソレを背中に担ぐ。
「なんか、自分を自分がおんぶするって変な気分だな。」
面白いから写真撮っていい?なんて冗談を言っていた武内が急に真面目になった。
「ソレさ、本当になんなんだろーな。」
その問いは、僕も思ったことだった。
「多分だけどさ、答えはわかってるんだよ。」
「なんだよ、答えって。」
「ん?埋めたら話すよ。」
周囲にパトカーや人気が無いのを十分に確認して、シャベルとソレを抱えて防波堤の下を暗い中歩く。

林に入りまたしばらく歩いて、僕の墓の場所を決める。
「早く埋めようや、日登っちゃうだろ。腹減ったしさー、はやくー。」
「自分の墓の場所ぐらいゆっくり決めさせてよ。」

ここからなら、朝日が見えるな。
「ここにする。」
「おーっし、さっさと埋めて飯行こうぜ。吉野家近くにあったろ、あそこ行こう。」
「……うん。」

土を掘る感触はなんとなく懐かしかった、人一人分の穴を掘るのは中々難しいんだなと滲む汗を拭きとる。
「もうそろいいんじゃないか、埋めよう。」
武内が雑に僕の死体を投げ入れた時、胸が痛くなった。

どんどんと自分が埋まっていく。
「お前、何泣いてんだよ。」
「泣くだろ、なんで自分のこと埋めなきゃいけないんだよ。」
「これは、すかしっぺなんだよ。お前じゃないんだよ。」
「僕だよ、これは正真正銘僕だ。」
「俺の目の前で喋って穴掘ってるのはお前なんだから、今更また何言ってんだよ。」
「僕なんだよ。僕が圧し殺した僕!夢を語るのを押し殺し!追いかけないように圧し殺し!何度も何度も押して圧してやっと殺した僕なんだよ!」
感情が噴き出して来た。
「僕はさ、僕を殺したんだ。あの日、酒を呑んで話した日。99回目の落選だよ、持ち込んでも担当もつかず酷評で追い返され。新人賞狙っても新人にすらなれない、そんな夢を諦めきれない自分を!」
握り拳の内側、薄くなったペンダコが疼く。
「お前はいいよな!自分があるもの!自分のやりたいこと追っ掛けてアルバイトだろうが何だろうが夢に不安なんて感じないで腹くくって頑張ってんだろ!僕には、僕にはさ。」
「おい、やめろ。言うな。」
武内の言葉は、感情の嘔吐に効果は無かった。
「無理だよ、怖いよ!不安なんだよ!毎日毎日流れてくる日常が!」
こんなこと、いつまでも続けられない。
家族がいる、未来がある、明日を生きる。
真っ当な人生が溢れてる、そんな中夢を追いかけることが何処か非現実のように扱われる毎日に僕は疲れきっていた。
限界、そんな言葉が大嫌いだったのに今は欲している。
それを僕が理解した時の、酒の席ですかしっぺをしながら話した諦めの会話の具現化。
「そんな自分の夢を下記消すための存在、僕のスカの結晶。つまりは僕の夢の死体だ。」
それが、答えなんだと思う。

武内は深くためため息を着いた。
「この前の呑みの時聞いた時もさ、聞きたくなかったんだよ。お前からその諦めるって話。同じじゃなくてもさ、夢追い掛ける仲間からそんな言葉、聞きたくなかったんだよな。信じたくなかったわ!」
涙ぐむ親友を、僕は初めて見た。
「お前勘違いしてるよ。俺だって怖いわ、いい歳してフリーターで夢ってとか思うわ。でも前進まないとさ、止まって動けなくなるだろ。進まなきゃなんねーんだよ!こえーから!だからさ……正直ガッカリだわ、お前に。」
「ごめんな。」

気付けばお互いの顔は土埃と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

「武内、埋めて帰ろう。終わりからはじめたいんだよ。」
「なんだよそれ。」

死体に土を被せ終える頃には朝日が昇ろうとしていた。
「帰ろう。」その言葉が出るまでしばらくかかった。

帰り道、朝焼けを浴びながら負け犬と言われて僕は笑えないと言いながら笑えていた。
ついでに武内も笑ってた。

車に戻って落ち着いてため息が出た瞬間。
【ぶぅぅぅぅ】
と盛大に屁が出た。
「良かったじゃん、ちゃんと屁出たな。」

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