【図書室の王様】

作:カナモノユウキ

十月、高校二年の秋。
僕のクラスは天国と地獄に二分されていた。
クリスマスや大晦日、冬休みなどのイベントに心踊らせテストに見切りを付けた遊び人生徒の軍団。
もう一方で実力&期末テストで何とか良い成績を取ろうと机にかじり付いていゾンビのようなうめき声をあげているガリ勉生徒軍団。
そんなクラスの状況を横目に、どちらにも属していない…と言うより属せない僕は朝からじっと息を潜めその時間を待っていた。
チャイムが鳴り、お昼休みの時間。
弁当を装備してひっそりとだが足早に教室を出て、僕は自分の王国へ向かった。

数週間前から僕はこんな教室に見切りを付け、僕だけの安息の地を見つけに旅に出た。

天空の神殿たる屋上に行ってみたが、賢者の様なサボリ魔達と目にも眩しいカップルが散り散りに鎮座していてボッチたる僕には難しい場所だと諦めた。
怪しい塔の様な出で立ちの非常階段には、ペーペー冒険者の僕には太刀打ち出来そうにない不良モンスター達がすごい形相で座っていて近づけない。
広大な大地が広がる校庭なんてもっての外だ、どんなモンスターが現れるか考えただけで恐い

「はぁ、自分の居場所なんて…やっぱないのかな。」
そう諦めかけたその時、等々たどり着いた。
寒くもなく怖くもなくうるさくもない、人目もない僕だけの安息の地。

その場所の名は、旧校舎の図書室。

元々ここは数年前に新しい校舎が建てられて、旧校舎は何故か取り壊されずにその殆どは物置と化していて人が使うことはない。
諦め半分で来てみたけど、大正解だった。
人気は全くなく静かで、環境も室内で最適。
ここだけ鍵が開いていて少し不気味だったけど、そんなのは些細なことだ。
数日ここへ通い様子を見たが、人が来る気配は一切なく僕は確信した。
「ここは、僕だけの王国だ!」
しかし、そんな僕の前に突如アイツが現れた。

その日も昼休みにそそくさと図書室へ向かう。
今日は実力テスト空けで気分もいい、テンション高めに扉を開けた時だった。
「ようこそ!我が王国へ!」

一瞬、なにが起きたか状況が飲み込めなかった。
【図書室は静かに】と書かれた注意書きを背に、如何にもな王冠を被りマントを羽織ってまるで中世の貴族のような服のおじさんが使われなくなった貸し出しカウンターの上で堂々とそこに仁王立ちしていた。
驚きで言葉を失い、知らないおじさんと見つめあう。
「ようこそ愚民よ!我が王国へ!」
いつもなら、面倒なことには首を突っ込まない主義なのだが、「我が王国」と言う言葉に嫌な気分になった僕はつい反論してしまった。
「国な訳ないだろ、さっさとそこから降りて出て行け。」
「無礼な!ワシはこの国の王様なるぞ!」
「はぁ?」
「ここが国じゃないと申したな。ではここをなんだと言うのだ愚民。」
「ここは図書室だし、僕は宮永賢治って名前がある、愚民じゃない。」
「愚民よ!ここを部屋と申すか!」
この王様を名乗るおじさんは人の話など聞き入れず、まるで貸し出しカウンターを舞台のように大きな身振り手振りで自分勝手に話し始めた。
「では愚民よ、そちにはこの広大な物語の原野が見えぬと申すか。」
「原野?ここは本棚と机とダンボールしかないただの部屋じゃないか。」
「嘆かわしい、実に嘆かわしいぞ愚民。」

段々とこの愚民というのにも腹が立ってきた矢先、おじさんは手を差し伸べて来た。
「さぁ来い!」
おじさんは僕に貸出カウンターに登れと言ってきているようだ。
気が済んだら出て行ってくれるんだろうかと淡い期待をして僕はその手を掴んだ。
「よし!さぁ、ここからの眺めなら見えるだろうこの広大な国の全貌が!」
「…いや、部屋ですけど。」
「まだ言うか!さぁ目を凝らせ。
先ずはあの丘だ、あの少年が見えるか?あの少年は今から友と銀河をかける鉄道に乗り旅に出るところだ。少し横にそれたあの街の一角を見てみろ、名探偵とその助手が今難事件を解決したようだぞ!
そしてあの奥のまちに目を凝らしてみろ、人種差別に苦しむ少女が密室で日記を綴っておるではないか!」
宮沢賢治にアーサーコナンドイル、アンネの日記を指差して目をキラキラと光らせるおじさん。
ただの本棚だろ。
そう言いそうになったが、何故かそのキラキラした横顔に昔の親友が重なり言葉を飲んだ。
「あの知識の荒野を見ろ!ありとあらゆる哲学や科学、数式が冒険心を擽るではないか!どうだ、そちはまだここを部屋と申すか。」
「…いや、そう言われたら国に見えてきた。かも。」
「そうだろう!この広大な大地を見下ろすだけでワシは心が躍る!しかしだ、一つ悩みがあるのだ愚民よ。」
「なんですか?」
「ワシはこの広大な物語の原野を眺めるだけしかできん、この国の主人公たちたる彼らを眺めることは出来るがここから動けんのだ。」
「何いってんですかソコから降りればいいでしょ。」
「同じことを言わせるな!ワシはここから降りられないのだ!どれ、試しにワシを下ろしてみせい!」
おじさんはそう言うとまた手を差し伸べてきた。
僕は手を取り引っ張った。
「あれ?動かない。」
「ほれ。」
「おっかしいな、それ!」
おじさんはビクともしない、それ見たことかとおじさんはドカっとカウンターにあぐらをかいて座った。
「なんで!?」
「ワシは王だ、玉座からは降りれんということだな。」
「そんなバカな、ワザとそこにいようとしてないよね。」
「そんなことする訳なかろう。」
何度か試みたが、やっぱりダメだった。カウンター上から動く気配がない。
「諦めろ愚民。」
押しても引いてもダメだった、ヘトヘトになった僕におじさんが妙な頼みごとをしてきた。
「愚民よコレも何かの縁だ、ここは一つ頼みを聞き入れてくれないか。」
「頼み?」
「ワシにこの国の物語を、読み聞かせてくれぬか。」
「なんで僕が、そんな事を。」
「ワシは其方をこの王国の住人とは認めておらん。そこでだ、其方を認める代わりにワシ専属の物語の語り部となれば特別にこの国への滞在を認めよう。」
「なんだそれ、そんなのゴメンだね。」

その時、休み時間終了のチャイムが鳴った。
「あーもう弁当食ってないのに。」
「おい!何処へ行く!」
「教室だよ!おじさんも飽きたら帰んなよ!」
「おじさんではない!王様だ!」
僕は慌てて教室に戻った。
授業中、頭から離れず授業に集中できずにその夜には、僕はあの謎の王様に恋する乙女のように思いを巡らせていた。

翌日、また休み時間に図書室へ向かった。
「おお!また来たか愚民よ!」
やっぱりと思った、カウンターの上で仁王立ちで王様は待ち構えていた。
「居るんですね。」
「当たり前だろう愚民。」
返す言葉も面倒になり、僕は入口近くの椅子に腰掛け弁当を広げた。
「おいおい、食事など許しておらぬぞ!昨日の返答を聞かせろ!」
「…ああ。」
僕は一晩考えた答えを口にした。
「本を、読めばいいの?」
「おお!そうだ!その通りだ!」
「休み時間だけね。」
「構わん!おお!恩に着るぞ!愚民!」
嬉しいのか、キャッキャ笑う王様が何故だか可愛らしく見えたのはきっと目の錯覚だろう。
僕は早々と食事を終えて、王様に訪ねた。
「じゃあ、まず何から読めばいい?王様。」
目をキラキラさせて国を見渡す王様。
「でわのう!あの少年たちの冒険記がいいのう!」
十五少年漂流記だ。
「解った。」
本を取り出し、王様の横に座り僕は読み聞かせを始めた。
懐かしいなぁ。
僕は親友と中学の頃、お互いが面白いと思った本を読み聞かせたり互いに交換するのが趣味だった。
そんなことを思い出し、まぁ減るものでもないと昨日の晩考えつき承諾したのだが。
まるで王様が子供のように物語に聞き入る姿を見て、僕は懐かしくなりつい楽しくなってしまった。
あっという間に時間は過ぎ、チャイムが鳴った。
「ああ、もう行かないと。」
「明日も来てくれるかの!」
「ああ、多分ね。」
「必ずこい!待っておるぞ愚民!」

それからしばらく、僕は図書室に通いつめた。
海底二万哩、トムソーヤの冒険。
シャーロックホームズにファーブル昆虫記。
それに偉人の歴史を記した本に図鑑もチラホラ。
王様は子供のように読みがたりを聞き入り、僕もそんな王様と一緒に楽しく過ごした。
いつしか休み時間だけじゃ足りずに、放課後も読み聞かせをしていた。
その頃には、今は僕の傍にいない親友と王様をダブらせていた。

二学期期末テストも終わり、冬休みがやって来る。

「来たよ。」
「よく来たな賢治!ん?どうした、元気がないようだが。」
少し悩んで僕は口を開いた。
「王様、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど。」
「どうした、随分と神妙な面持ちだな。」
「手紙が来たんだ、親友から。」

僕には親友がいた、小一からずっと同じクラスで趣味もあい最高の親友だと確信していた。
高校一年の夏休み、親友がコンビニに寄った際たまたま居合わせたクラスメイトのイタズラで万引き犯に仕立て上げられ親友は「事故、事故。」と笑い話にしようとしていたが、二学期の始まりから様子が一変。
そのイタヅラにもめげない親友を、クラスメイトは何とかして落ち込ませようとイタヅラが悪化。
遂にはイジメにまで発展。
親友はいつの間にか学校から姿を消し音信不通になり、心配で親友の家へ行くと。
そこは空家になってた。
ぼくはイジメを怖がり親友を助けるどころか支えることもできず、大切な人を失った。
そんな彼から手紙が届いた。

「賢治、その手紙読んでみよ。」
「読みたいんだけでさ、怖いんだよね。」
親友を傷つけた人間のいる教室から、親友を裏切った現実から逃げたくてこの図書室を探し出したのに。
「バカモノ!昔なれど友であろうが!怖がる必要がどこにある!」
王様の言葉が胸に刺さる。
「僕はさ、親友を裏切てしまったんだよ。きっと恨んでる。」
「恨まれるようなことをお主はしておらんではないか。」
王様は真剣な眼差しで語り始めた。
「いいか賢治、お前はここに来て色々な物語をワシに読み紡いでくれた。この物語の数々はその創造主や語り部が伝えたいからこそ形になっておる。世界が広がり、この国に無限の冒険と可能性を広げてくれておる。その手紙だって一緒だ、お主に伝えたい物語がその手紙となり届けられた。」
カウンターから僕の両肩を掴むと王様は真剣な眼差しで「読んでくれ。」と頼んできた。

僕は親友からの言葉を恐れたが、王様の後押しに勇気をもらい手紙を広げて読み聞かせた。

「賢治ひさしぶり、いままで連絡できなくてごめんな。」
謝罪から入ったこの手紙の物語は淡々と僕へ向けての空白の時間を埋めるような苦く優しい思い出が語られていた。変わらない口調で書かれた親友の手紙に罪悪感が時ほぐれていく。
最期に「また、面白い本交換しような。」と書いていた。
僕は知らないうちに泣いていた。
「言ったであろう、怖がることなどないと。さぁ、賢治よ、わが王国から物語を持っていくとよい。」

部屋からはいつの間にか王様がいなくなっていた。

王様のいたカウンターには、これまで僕が王様に読み聞かせた本のタイトルと王様のイラストの入った貸し出しカードが置かれていた。

「王様、ありがとう。」

そのイラストは、王様にそっくりだった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -