戴物 | ナノ


用具倉庫の床に座る用具委員長の足の間にちょこんと座り足を崩す見たことのない誰か、最初に目に焼き付く緋い髪の襦袢だけを纏う女の人に開けた扉を閉め直した三治郎は同じような顔をしている虎若を見やる。別に知らない誰かがいてもおかしくないが用具委員長が向かい合う普通に綺麗だと言える女の人の顎を掴み、顔を近づけている状況に実はとんでもない場面を見ちまったかもしれないと思うのだ。修理が終わった虫籠を取りに来た生物と壊したバレーボールの修理を頼みに来た一年生たちが入り口前でいったいどうしようかと全員が顔を見合わせる。あれは今まさにキスをしようかという場面だし襦袢だけだということはそれ以上のこともあるのだと、六年生だし彼女の一人や二人いたって構いやしない。邪魔をしてはいけないと早々にここから立ち去った方がいいのかなあと思う良心と頼まれたことはやり遂げなければとか思う義務が一年生達の未発達な思考を右往左往させていた

「別に今日取りにいかなきゃいけない訳じゃなしいねぇ…?」

「僕のところも先輩に言えばどうにかなるし……」

訳を話せば納得してくれる先輩だ(と思う)から今日のところは一旦帰ろう、満場一致で決まり委員会へ踵を返す一年生たちをがらりと開いた扉の音と襟首をひっかける指先が止め声も出せずに飛び上がるほど驚いて見上げれば深緑が呆れ顔で一年達を眺めため息を吐き次々に倉庫へと放り込んで最後の一人を抱き抱え扉を閉めきった。

「全く、入ってくればいいだろうに」

つり上がった目でジロリと睨まれビクリとすくむが頬を撫でる掌は優しい、ってそんな和んでいる場合じゃなくて。

「あああああ、あの!」

「ん?」

邪魔してはいけないところにこの場にいる全員を放り込んでも大丈夫なのかとあわあわする一年生に首をかしげる食満先輩はしゃがみ訝しげに金吾達を見やる、他人の色恋沙汰に土足で踏み込むのはタブーに近い。なにも聞くなかれ。全員の考えが至ったとき棚の陰から出てきた人に軽く息を飲む、緋い髪を纏め耳の辺りで丁寧に結い上げて小さな花の髪飾りをつけ濃い色の生地に梅の刺繍が目を惹く小紋を纏ったさっきのお姉さんが虫籠を抱え出てきたのだ。言葉も忘れてしまうほど清廉でいて凛とした空気、見惚れるとはこう言うことか。力のある強い瞳が三治郎達を見止めふわりと微笑んだ。

「ああ、ありがとう」

「構わねぇですよ」

「ほらここはもういいから気をつけて行ってこい、作」

手渡された虫籠を微かに震える指で受け取りと確認した食満先輩は向き合う彼の人の背中を押して見送り出す。え?作ってまさか、

「とまつさくべえせんぱい」

誰かが呟いた声に金吾からバレーボールを受け取る食満先輩はさらっと肯定してくれた。

「ちょっと難しそうなお使いだって言うから手伝ってやったのさ」

ほんとはいけないんだけどな?なんて軽く言っているがあれは女装の範疇を二段飛びくらいの勢いで走って飛び越しているくらいのレベルだ、男だと言っても信じないし信じてもらえないだろう。落ち着いて倉庫内の床を見渡せばいくつかの化粧品と小物、紙に包まれた着物がまとめておかれていた。お前たちも早く戻ってやれと言われ先輩たちのもとへ足を進めるみんなの表情はどこか呆然として口数が少ない

「………前に……しんべヱと喜三太が富松先輩はキレイだって言ってたな」

「うん、やっと意味がわかったよ」

男だと気づかなかったとはいえあの瞬間、自分達は確かに富松先輩に魅せられたのだ。

「…………凄く綺麗だった」

漢字二文字の短いものだがそのなかに含む意味はすごく大きい。

「………うん」

吐息と共に吐き出した同意の言葉は宙に霧散して消えた。




lapislazuriのニシ様より頂きました。


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