カーンと甲高い音を立てて、三之助の放った手裏剣が地へと落とされる。 その音に、戦闘状態にあった四人の動きが止まった。
「後輩になんてことするんだ!」
思わず大きな声をあげたのは、年の若い教育実習生。 その様子には三之助は興味を示さずに、落ちた手裏剣に目を向けた。
「…また、庇ってもらえるんだ」
―あのときの手裏剣は左門に突き刺さったのに― その様子を見つめていた藤内は、一瞬だけ眉間に皺を寄せると、すぐに表情に戻る。
「ふぅん…」
滝夜叉丸と喜八郎の舌打ちが重なる。
「何て余計な事を」
今ので、あの無駄に暑い教育実習生は、完全に「敵」と見做されただろう。 …あんな、当たる気配のない手裏剣を派手に落とした所為で。 確かに、手裏剣を後輩に向けた三之助には非がある。 しかし、その手裏剣は誰にも当たる筈のない、単なる威嚇射撃だった。 だからこそ、滝夜叉丸も喜八郎も見逃したのである。 当たりそうだったのなら、目の前の後輩よりも、より年の幼い後輩を守ったに決まっているではないか。 それが、最上級生としての務めだし、目の前の後輩は背中を向けた自分を襲ってくるほど落ちぶれてはいない。 そう信じられるくらいには、知っていたのだ。目の前の後輩の強さを、自分と彼の間にある繋がりを。
「贅沢者…」
同級生との絆は、他の何物も寄せ付けないほど強いというのに 一昨年の卒業生には、あんなに可愛がられていたというのに 去年の卒業生には、あんなに見守ってもらったというのに 何より…
「私達とて、こんなに想っているではないか」
この期に及んで、まだ「大人」の愛情を望むとは…何と贅沢な。 その時、更に教育実習生が口を開いた。
「君達、みんな心配しているんだ。保健や用具の委員会活動も滞りがちになっているし。さあ、連れて帰ってあげるから…後のことは任せて」
膨れ上がった目の前の殺気に滝夜叉丸と喜八郎の舌打ちが再び重なる。
「連れてきたこと、後悔してるかも」
喜八郎の呟きに、滝夜叉丸は同感だと心中で呟く。 よりによって、手負いの獣の警戒心をより煽ってしまった。 作兵衛と数馬が抜けたら委員会がどうなるかなんて、そんなことは本人達が一番分かっている話である。 それでも、帰れなかったのだ。それだけの事情があったということである。 …何より、こんな警戒心と「自分達」以外への排他性を身に纏った状態で後輩に会うわけにはいかない。
「滝、どうする?」
さっきまでなら、後ろは殆ど気にしなくて良かった。 手負いの獣達は、自分達のみを獲物として認識していたから。 …しかしこれからは違う。 手負いの獣たちの獲物は、ここにいる全員。…は組は未だ、口を開けていないけれど「大人に庇われた」時点で、きっと彼らの獲物である。 委員会の繋がりも、シンユウの後輩であることも、もはや意味を持たなくなってしまった。
「どうするもなにも、止めるしか無かろう」
一対一なら負ける気はしなかった。例え本気で挑まれても、対応できるくらいには相手の戦い方を熟知していたから。 でも、これからは背後の後輩たちを守りながら戦わなければならない…これ以上、あの教育実習生に余計な動きをさせるわけにはいかないのだ。 絶対の自信があるわけではない。それでも、引くわけにはいかなかったのだ。
「なあ、後のことって何だろうな」
声の調子だけ聞けばのんびりとした印象。 しかし、そこには全く「温度」が感じられなかった。
「さあ?あそこには火を放ったし、最早骸すら残ってないけど…」 「しかも、『連れて帰る』って何?」 「知らない」
比較的軽傷で、且つ『シンユウ』が重傷なことにより半ばパニックになっている。
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