「…この二人、機嫌悪いのか?」 「別に」
寝る前、何となく集まってお茶とお菓子を口にしていたところに、少し遅れて孫兵がやってきた。 明らかに、ふてくされた態度の三之助と藤内に孫兵が声を掛ける。 帰ってきた返事自体は否定であったが、雰囲気も調子も、完全に孫兵の予想が当たっていることを裏付けていた。
「さっきから、ずっとこうなんだよ。何があったが全然言わないし」 「ふーん…、あ、ありがとう」
あいている場所に、ごく自然に腰を下ろした孫兵は、数馬からお茶を受け取る。 相変わらず、数馬はお茶を入れるのが上手だ。
「いい加減さ、何に腹を立ててるのか話せよ」 「腹なんて立ててないし」 「…あ、もしかしてあのことか!」
ポンと左門が手を叩く。
「あのこと?」 「いや、今日な、『例の』教育実習生と会ってな、数馬と作兵衛が熱心に愚痴を聞いたんだ」 「熱心に話を聞いたって大げさな。治療しながらちょっと話しただけだよ」 「何でそこに作兵衛はいたんだ?」 「あ?ああ、保健室の戸が緩くなってたからな。その修理してたんだよ。ついでに薬棚の補強も」
相変わらず、委員会では当然のように働き者な二人の様子に、孫兵はふっと微笑んだ。
「3はには、悪かったと思ってる」 「先輩達にも面倒かけた自覚もある…でもさ」 『あの人だけは謝る気も許す気もない』
―ああ、なるほどな― 要は、子供の嫉妬である。 あの教育実習生が何を言ったかその場にいなかった他の四人も大体の事は聞いていた。 藤内と三之助が怒る気持ちも理解できる。 …もし自分がその場にいても、許す気にならなかっただろうから。 それにも関わらず、作兵衛や数馬が件の教育実習生に普通に、寧ろ優しくしたことに嫉妬したのだろう。 数馬と作兵衛は顔を見合わせると、クスクスと笑い始めた。
「何で笑うわけ」 「…いや、お前ら可愛いなあと思って」 「本当にねえ」
笑いが止まらないというように笑い続ける数馬と作兵衛。 ひとしきり、笑った後、ふと真面目な顔で数馬が口を開いた。
「別に、普通にした方が都合がいいなと思ったから、そうしただけでそれ以上の他意は無いんだけどなあ」
そう言った数馬の笑い方は、いつもの保健委員長の優しい笑みとは全く別物で。
「『都合が良い』?」
心底不思議そうに首を傾げた藤内に応えたのは、作兵衛だった。
「今回の件、そもそもの発端は一昨年、俺達があの城をちゃんとつぶせなかったからこそ残った遺恨にあったわけだろ?」
二年前、まだ作兵衛達が3年生だった頃、今回の伊助と同じように、件の城から狙われたことがあった。 迷子探しを終えた後であったからこそ、六人揃っていた…にも関わらずの完全な敗北。 皆、それぞれに重傷を負うことになったけれど、特に三之助と藤内は酷かった。 血しぶきと共に崩れおちた三之助の姿も、血を吐いた藤内の姿も、他の四人は鮮明に覚えている。 何とか生きて帰ってこれたのは、間一髪で三つ上の先輩達が助けに来てくれたからだ。 怪我が治った後、心配し過ぎて怒りすら覚えた先輩方に盛大に怒られた揚句、更に厳しい稽古をつけられる羽目になったのだけど。 周囲の他の同級生よりも実践に慣れていた。度胸もあった、何よりトラブルは日常茶飯事だった。だから、あんなことが起こるなんて夢にも思ってなくて。 自分の驕りを思い知らされた瞬間を彼らは決して忘れない。
「つまりさ、恨みなんてかわないに越したことはねえんだよ。もしかっちまったなら、元凶を消すしかねえ」
恨みの種を消滅させるか、恨みを抱いた相手をこの世から消してしまうか。 別に、件の教育実習生を許そうと思ったわけではない。 ただ、自分達に、自分の宝物たちに悪感情を抱いたままこの学園を去って欲しくなかったのである。 どんなに小さな恨みの種も、大きな恨みの木へ成長してしまう可能性があるから。 教育実習生をこの世から消すわけにはいかないのだから、恨みの種を消すしかないではないか…その為に「普通に」接したに過ぎない。 今のあの教育実習生の状況なら、それだけでもきっと「優しくされた」と認識し、自分の宝物への悪感情が減殺されると思ったから。
「別に、君たちが不安になるようなことは何にもないのに」 「本当、可愛いやつら」
数馬と作兵衛が真っ黒(笑) 彼らとて「排他的」な3年生。 藤内や三之助の心を追い詰めた教育実習生に、何の想いも無く優しくするほど、人間出来てはいないのです(笑)
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