保健室の中で左近は、入口に背を向け、薬の整理をしていた。 委員長代理が、忍務に出て早十日。日々、かの人の偉大さを痛感させられていた。 この十日間、何度新野先生の手を借りたことだろう。委員長代理が今の左近の年のときは、去年は、もっとちゃんと自分達だけでも、委員会活動が営めていたはずで。 一昨年だって、委員長がもっと長く学園を開けた時もあったけれど、この十日間よりずっと、委員会活動はスムーズだった気がする。
「左近」
不意に掛けられた、いつもと全く変わらない、けれどここ最近聞くことの出来ずにいた声に左近は、弾かれたように振り向いた。
「…数馬先輩」
手を軽く上げつつ近付いてきた、委員長代理の姿に、安堵のあまり一瞬だけ視界が歪む。 が、すぐに深々と頭を下げた。
「…左近、どうしたの」 「申し訳ありません」
数馬は、棚に置いてあった保健室の利用名簿をパラパラと捲る。
「へえ、新野先生にも手伝っていただいたんだね」 「俺、先輩から頼まれたのに、委員会をちゃんと…」
活動を滞らせてしまった、そう続けようとした左近の口に、数馬の指が当てられた。
「良いんだよ、誰に手伝ってもらったって。保健委員は結果がすべてだからね。それにしても、すごいな、左近。薬棚とか僕がいる時よりきれいに保たれてるじゃないか、大事になった生徒もいないようだし、本当にお疲れ様」
真っ直ぐな褒め言葉に、左近の顔はカッと赤くなった。 保健委員として、委員会最年長として、ごく当たり前のことをしただけで。 しかも、その出来も、目の前の委員長と比べれば、決して及第点とは言えるものではなかったのに。
「それよりも、君、僕に言うことがあるんじゃないの?」
顔を上げた左近の眼に映るのは、数馬の悪戯っぽい笑顔で。
「…お帰りなさい、数馬先輩」 「うん、ただいま」
目の前の先輩の笑顔が余りにも、優しくて、温かくて、 とんでもない醜態をさらしそうだと感じた左近は、そのまま、保健室を飛び出してしまった。
欲しい言葉をくれる数馬に、褒められた嬉しさと、帰ってきてくれた安堵で大泣き。
戻る
|