受け継がれゆく想い | ナノ






滝夜叉丸達が『手負いの獣』と会ってから三日後。
作兵衛達は忍術学園へと帰ってきた。
流石に帰ってきた日はストップがかかったものの、怪我については適切な治療がされていたし、何より「委員会が…」と渋る六人に根負けした形で、次の日から、六人は委員会に復帰することとなった。
少し長引いてしまった午前の授業を終え、一度医務室に寄って、薬を受け取る。今日は幸いにも午後の授業はないからと、タイミング良く鉢合わせた六人でのんびりと食堂へと向かった。
その途中で、三之助と藤内が人知れず溜息を吐く。

「どうした?」
「…いや、流石さ」
「…顔合わせるの気まずいなって思って」
「自業自得だな」

後輩に酷い姿を見せたと、地味に落ち込む三之助と藤内を、左門は一刀両断した。

「大体、そんな命に関わる怪我したわけでもなし、動揺しすぎだろ、お前ら」
「…毒にやられて三日も目を覚まさなかった作に言われたくないんだけど」
「血流しすぎて、数馬の『最終手段』使われた孫兵よりマシだから」

数馬の最終手段とは、保健委員である数馬のいうことを聞かずに動こうとする性質の悪い患者が、保健委員秘伝の睡眠薬を打たれることである。
誰が、一番対象となったかなんて言わずと知れているわけであるが。

「まあ、孫兵の出血が一番多かったし、作の毒が一番厄介だったけど…基本的に君たちの怪我、全員どっこいどっこいだよ」

後に「治療」という仕事が待っていた数馬でさえ、軽いとは言えない怪我をしていたのである。
他の五人が「重傷」と言っても差し支えない程度には怪我をしていたことは明らかだった。
今だって、見えているところだけでなく、制服の下も含めれば、身体のかなりの面積が包帯で覆われているのだ。
誰かが迷子になることも、穴に落ちることもなく、いつの間にかついた食堂の入り口で、左門は、持ち前の決断力を使った。

「まあ、腹が減っては何とやら、だ。とりあえず、お昼ご飯を食べよう」

おばちゃんに、いつも通り大きな声で話しかける左門を見ながら、三之助と藤内は再び溜息を吐いたのである。
そのとき、後ろから、不意に声を掛けられた。

「次屋先輩…」
「…浦風先輩」

聞き馴染みのありすぎる声に、一瞬振り返るのを躊躇う三之助と藤内。
そんな様子の二人を完全に無視して、左門は、二人越しにわらわらと集まっている面々に声を掛けた。

「おお、3年は組か。今から昼ごはんか?」
「はい、あの先輩方…」
「そうか、俺たちは、午後の授業はないんだけど、3年も?」
「山田先生が出張に行かれているので、急遽休みになったんです」
「まあ、こんなところで立ってても邪魔だし、さっさと入ってこいよ」

3年は組を中に誘導する作兵衛に対し、数馬は藤内と三之助の目の前で交互に手をひらひらさせる。

「ほら、二人共戻って来いって」

一部を除いて、いつも通りの5年生の様子に、3年は組の面々は眼を見開く。
特に、「あの場」にいなかった面子にとっては、「これのどこが手負いの獣なんだろう」という感じだったのだ。
どうやら、3年は組のことを嫌いになったわけではないらしい。
そう感じて、明らかにほっとしたように、3年は組は、食堂内に入ってくると思い思いの場所に腰を掛けた。
ただ、二人を除いて。

「…次屋先輩、もう『おぅ、金吾』って声掛けてはくださらないんですか」
「…浦風先輩、もう『良かったら、一緒に食べるか』って誘ってくれないんですか」
「金吾、兵太夫…」
「…僕達のこと、嫌いになっちゃっ…」

口にしながら、自分の言葉に傷ついて、二人の声はどんどん潤んでいく。
ゴンゴン
鈍い音が二つ食堂に響いた。
どこまでも「後輩」に甘い作兵衛が、三之助と藤内に拳を振り下ろしたのである。
音に違わない衝撃の激しさに、三之助と藤内は頭を抱えて座り込んだまま声が出せない。

「『大事な』後輩、こんなに落ち込ませるなよ…言って分かんないなら、身体に教えようか?」
「富松、もう手出してるから」

孫兵のかなり冷静な突っ込みも、作兵衛は見事に受け流した。

「…嫌いなわけないじゃないか」
「声が小さい」
「嫌いだなんて思ってない」

重なった二つの声に、満足げに作兵衛は笑みを浮かべる。

「当たり前だ、それでこそ忍術学園の『上級生』だろ」

どんなに生意気な態度をとられようと
トラブルに巻き込まれようと
時に凶器となる無知と純粋さに心を逆撫でられようと
自分が忍術学園の「先輩」で
相手が忍術学園の「後輩」である限り、嫌いになんかなれないのだ。

「次屋も、浦風も、相当落ち込んでたもんね」

実際、三之助と藤内の視界に「後輩」の姿が映ったのは、滝夜叉丸と喜八郎に押し倒された後である。
それまでは、「目の前の獲物」と少し離れた「敵」以外は、眼中になかったのだ。
溢れさせてしまった殺気も、仕掛けた攻撃も、ほぼ無意識だった。
「守りたい」「離れたくない」の気持ちが暴走したモノに過ぎない。
だからこそ、見せるべきでない姿を見せてしまったことに、地味に落ち込んでいたのだ。

「『嫌われたらどうしよう』なんて、寧ろこっちの台詞だろ」



待機組にとっては「これのどこが手負いの獣なんだろう」という感じ。
この後、やっと伊助が三日前に言えなかった言葉を、直接言うことが出来る。


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