シリーズ | ナノ

見つけた。
なぁ、やっぱり俺は、見つけられるより見つける方が性に合ってるらしいぜ?

「三之助ぇ!!」










窓際の席にいる次屋は、校庭を見下ろしたり、空を見たりと、その視線は忙しない。
まるで何かを探してるようだと思い始めたのは最近で、それまでは飄々とした態度にうまいことはぐらかされていた。
掴み所のないあいつは言うことも訳が分からなくて正直電波っつー噂を鵜呑みにしてた。
壊滅的な無自覚の方向音痴で、電波で、薄情で、そのくせ化け物並の体力と運動神経もってて、いくら女子にモテても見向きもしない、次屋が。
あの次屋三之助、が。

校門前を通りすがった他校生の女子に抱きつきながら泣いてる。

抱きついたっつーか、あれはタックル並の突撃だった。体格が明らかに違う次屋のそれに女子が受け止めきれる訳もなく、二人は倒れ込んだ。そして間髪入れずに響き始めた次屋の叫び声、いや泣き声?
あいつを知る立海生は間抜けに口を開けていた。あいつに惚れてる女共が怖い顔して陰口叩いてる。かく言う俺も呆然としてんだけど。

遠目にも派手な髪色した(丸井先輩よりも赤いぞあれ)女子が携帯を取り出してどっかに電話し始める。もう片方の手は次屋の背中をぽんぽんと叩きはじめ、どこのガキだよと思わずツッコミたくなるような泣き声が一瞬止んだ。お、と何となしに思えば、次の瞬間には尚更ひどくなった。例えばあれだ、子供の泣き声が赤ん坊の泣き声になった感じ。それでもうるさそうにしないで一定のリズムを崩さない宥め方はすっげえ手慣れた風に見える。

「………、よぉまご。…ん、三之助見つかったぜ。…神奈川の立海大附属中学だ。………え?来れんのか?…なら良いけどよ。…おう、分かった。んじゃあな」

通話を終えたのかぱちんっと閉じて、バンッと一回、背中を強く叩いた。

「おい三之助、今から孫兵が、って聞きやがれ馬鹿之助!!」

うわ、あの女子躊躇いもなく拳で殴りやがった。
軽く吹っ飛び、珍しく数秒してからのっそり上体を起こす次屋に戦慄する。
あの化け物染みた強靭さを知らしめてる次屋が踏ん張りきれないなんて、すぐに起き上がれないなんて。あの次屋が。…あの女子どんだけ力強えんだ。

「こんなとこでウジウジ泣くには早ぇんだよ!今孫兵がこっち向かってるから、そんなんじゃ涸れんだろーが」
「っぅ、ま…っ、まごへ、ぃ?」
「おう。見つけたのはお前で二人目だ。とにかく移動するぞ」
「うぅっく、う…、んっ」

土汚れをある程度はたいた女子は首ふり人形かってくらい頷く次屋の手を掴んで、さっさと去っていった。

…嵐だ。










幼子のように手を引かれるがまま作の後ろを歩く三之助は、作の後ろ姿をじっと見ていた。
四六時中求めていた紅色の長い髪は、記憶と寸分違わずに高く結い上げられていて、歩に併せて左右に揺れる。見える背中は華奢だけれどとても頼もしくて、格好良くて。

ほら、ほら。作はうそ吐かなかった。夢でも、陽炎でも、幻でも、妄想でもない。そんなこと言ってた奴ら(誰だったかは覚えてない)の方がよっぽど嘘吐きじゃんか。
いつだってさくは俺を見つけてくれる。殴って心配して怒って泣き笑いの顔で、「安心した」って。何故か辿り着けない場所に、連れてってくれる。



(さくがいなくてたくさん泣いたよ。いたかった、くるしかった。いきてるのかもわかんなくて、昨日のことなんてぜんぜん思い出せなくて、明日なんて見えなくて。自分が今どこにいるのかもわかんなかった。それでも待ってたよ。さくなら絶対、来てくれるって。

信じて、待ってたよ。)



「さくー…」
「おう。…これからはずっと出来んだけど、お前…ばかじゃねえの」


俺ひとりに逢えたぐらいで。

泣き顔で口だけ笑う説得力のない作に縋りながら、三之助は止まりそうもない涙で滲む視界をどうにか鮮明にさせようとしていた。さくの姿を、一瞬でも永く見ていたい。十五年間、見れてなかった。

こんな狭いセカイで、そんなに変われない。変わりたくないものばかり変わりゆき、変わりたいと願えば足踏みを繰り返す。
孫兵と、作は言った。じゃあ変わってないのだろうか。
作は俺ら無しで生きていける強さを持っている。自己犠牲の対象を替えればあとは尽くすだけだから。だからこそ、作の中の俺らを代えの利かない存在として確立させたかった。あの底無しに似た他への献身を、俺ら以外にやりたくない。やってるとこを見たくない。

堪らず手を伸ばす。



背中が軋むほどに回された腕と縋るように立てられた指先。頸動脈に唇を触れさせ、生命を掌中に握り込んだと錯覚させるかのように軽く食まれた。
決して離すまいと、これは夢幻ではないのかと確かめるような抱擁の強さが愛おしい。

「 さく 」

耳元に吹き込まれた、篭った吐息と零される、ぼんやりと熱に浮かされたような、恍惚とした響き。
滴るような甘さに、ぞくりと身震いしてしまう。捕らえようと放たれる声は濃霧のように纏わりついて振り払えない。

まったく、相変わらずだなぁ末っ子野郎が。


(束縛を苦にならなくしたのはてめえのくせに、不安がってんじゃねえよ、ばか)



三之助は中学生かなー?三之助はギャン泣き余裕だと思います。
因みに混合は庭球。

12/07/25.


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