シリーズ | ナノ

何故か昔から、そう、それこそ物心ついた頃から、ある約束が頭から離れない。

お前はあいつに、男と、夫としての幸せを。
俺は、生まれ変わったら、女になって、あいつの子を産んで、父としての幸せを。
紅い面影とこっそり交わした約束。
お前って誰、あいつって誰だ、生まれ変わったらっつー事はつまり前世とかそんなもん?女になってって、前世は男だったってか?紅い面影とは?
ぼんやりと上の空で考える。考える。考える。

「……さく、べえ?」

答えが無い、それは今までの話だったらしい。
不思議と驚かずに振り返れば、これまた、そこらの女子が黙っていられない程の美少年がその表情を驚愕に彩らせ、此方を凝視していた。
涼しげな襟元から、紅い何かが覗く。しゅるりと艶やかに、嫋やかに。
幻影に、何かが、頭の中で弾けた。

「…よぉ、久しぶり」
「……!」
「孫兵。今度こそ俺、お前の子を孕めるぜ」

ニヤリと笑んでやると、伊達にロマンチストじゃないこいつは綺麗な涙を綺麗に流して俺を抱き締めた。








あそこじゃゆっくり話せねぇから(何せ学校の校門だ。通行の邪魔になる)場所を移動し、孫兵が選んだ閑散とした小さな公園のベンチに腰掛ける。

「…左門達は?」
「まだ逢ってねぇ」
「じゃあ、暫くは僕の独り占めだね」

微かに柔らかく唇を綻ばせる様は男とは思えないほど美しく、けれど作は決して頬を赤らめたりなどしない。元々人の美醜を気にかける質ではないし、見馴れたそれに相変わらずだなぁと笑い返すだけだ。
緩く肯定して、未だぶれては重なる既視感に彼の首許へ視線を落とし小首を傾げてみせる。

「ジュンコはいねぇの?」
「家だよ。前みたいには連れ歩けないから…」
「そっか」

さびしいな。
そう言って、ゆっくりと頭を撫でる優しい温もりに、孫兵は安心したように目を細めた。顔立ちに関係なく、爬虫類が遠くを見定めるようなそれが彼の愛蛇に酷く似ていて、今更ながらに懐かしさが込み上げる。
缶ジュースを一口飲んで、ちゃぷ、と揺らした作が零した微笑は妙齢の女独特のものがあったが、それでも記憶とそう違いない。久しぶりに見た男前なそれにきゅんとしたくらいに変わらない。

「作がいるからマシだよ」
「俺も孫兵と逢えたからちぃとは寂しくないな」
「ちぃと、は?」
「拗ねんなって。やっぱ全員揃ってこそだろ?」

否が応でも意味深となってしまう声色が何を指すのか、孫兵もまた痛い程に理解していた。
無意識に、掌が首筋へと伸びる。触れ合う感触にはっと引っ込めたが、隣に座る作がほろ苦く笑うから、きゅっと唇を結んだ。

「…寂しかったんだ」

まご、と呼びかけようとして、やけに寂しげに見つめてくる視線に動けなくなる。

「記憶が本当≠セということは僕自身疑わなかった。けど、だからこそ、…作達がいない現実がとても苦しくて…つらかった。……ジュンコに逢うまでは、作達がいないならいっそ、“僕”なんて要らないと思って…………自殺も、本気で考えた。でもあの頃より簡単にいかなくて、作達がいないのにずるずると生き永らえてる自分にやりきれなくて、余計、独りだということがどうしようもなく嫌だった…!…っ…………ジュンコに逢えた時には、そういう感情は作達との“僕”の存在証明として、その痛みすら嬉しいと思えるようになってた。…うれし、かったのに。近くにいるような気は、近くにいないって痛感を大きくするだけで、何の慰めにもならない。外にジュンコを連れ歩けないし、作達が転生している可能性も充分にあるから、外に捜しにいかなきゃならない。…作を見つけるまでの間、すごく、つらかったんだ……」

ジュンコに逢うまでの、七年。壊れそうになる伊賀崎孫兵≠かろうじて保っていたのは他でもない、作兵衛達との時間だった。
十数年も絶望と戦って精神的に追い詰められた心は、やっと辿り着いた拠り所に押し殺していた感情を飽和させて、正直な胸の内をどんどん口走らせる。

(……孫兵がこんな風なら、…あいつらは多分)

もっとずっと、寂しかったと泣き喚くのだろう。その時に、孫兵もつられたと装って泣く。
抱き締めれば縋りついてくる力の強さに、か細い言葉に。作はもっと強く抱き返しながら歯を食い縛る。

「孫兵」

抱き合ったまま、作は孫兵の右手を握った。
揺れる瞳は可愛いけれど、もっと可愛いものが見たい。

「ん…」
「ぜってえ見つけてやる。捜し出すまで、耐えられるな?」
「…うん。今は、作がいるから。…僕も一緒に捜すよ」
「ああ」

今世で初めて交わした約束事が、あとの四人に関することというのが自分達らしかった。



高校生くらいです。孫兵は記憶ありで、作兵衛は孫兵に逢ってから思い出した。

12/07/25.


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