シリーズ | ナノ

『大体、僕にはちゃんと好きな子がいるんだ』

昨日、彼の口から放たれた言葉が頭から離れない。



だって全然知らなかった。小学生の頃から他の女子(勿論笹山を除く、だ)よりは仲が良い親友なのに、伝七に好きな子がいるなんてこれっぽっちも気付かなかった。
よく分からないけど、そういうのって女友達に相談とかしないの?男だけじゃ心許ない筈だ、女を知るには女が一番手っ取り早い。
あぁでも笹山にも好きな男がいるということは、つまり二人で相談し合ったりしてたのだろうか。
だから、私に言う必要は特に無かった…なら、仕方ないんだけど。

今こうして、笑いながら話していても…その好きな子にしか見せない表情があるのだと、私には向けられることのない顔があるのだと思っては相槌を打つ言葉が鈍くなる。

「…咲智?大丈夫か?」

そんな私に逸早く気付いて心配してくれるから、自惚れていた。
あまりにも優しいから、恋とか愛とか、そんなものじゃなくても、他の人間よりは大切に思われているのかな、と。
たとえ、笹山には敵わないとしても。

「うん、平気。それより伝七、もうすぐ委員会でしょ?」

心配そうに顔を覗き込まれ、咄嗟の不自然さに自分では気付かないまま誤魔化してしまう。

(…そんな顔しないでよ)

見上げた先の伝七が、とても不安そうに眉を顰めているから、言葉に詰まってしまった。
咲智、ともう一度名を呼ばれ、思わず肩が震える。
言えない。醜い無い物ねだりなんて。
けれどその途端に「あ、いや、無理に言いたくないなら言わなくても良いっ、ただ、具合が悪かったら…」と、わたわたと慌て出した。
呆気に取られたけれど、怯えたと間違われたのだと気付いて、大丈夫と宥める。

そうしている時にも、思考を占めるのはまた意地汚い貪欲さ。

渡された当初は同等だった教材もいつの間にか伝七の方が多くなっていて、私が持っているのは地図などの軽い束だけ。
友達の私にさえこんなにも優しいなら、好きな子にはどれだけ優しいのだろう。
もっともっと優しいなら、これ以上甘やかされたとしたら。………私だったら、

(泣く、)

くらいには幸せだろうな、と、思ってしまう。
嗚呼…狡い。
未だ見ぬ相手に心の中で何度も何度も言葉の刃を突き刺す。
ズタズタに切り裂いて、我に返り、少しの後悔。

腑に落ちなさそうにしたものの、言及しないでくれる伝七に、ズキズキと痛む心中を隠して安堵して。



放課後の廊下で、束の間の“二人きり”を幸に思った。




取り敢えず続いたからシリーズに移動、と更新。
咲智ちゃんのもやもや。

11/06/14.


(2/2)