シリーズ | ナノ

警備に異常がないかをざっと見定めながら、作兵衛は眉間の皺を深くした。
この区画は屋敷の者でも限られた数人しか立ち入りの出来ない場所で、ましてや部外者など以ての外。無理にでも踏み入れば、人の侵入を拒む罠が夥しい数とえげつない精度で相乗させて阻んでくる。
しかしそこは勝手知ったる何とやら。執事であるが故に部外者ではなく、この区画の主と親友でもある作兵衛は歩みに迷う筈がない。迷わせ阻んでくるものもないのだから当然だとは誰の言葉だったか。
馳せる必要もない事柄をそれでもちらと脳裏に走らせながら、殆ど窓や壁がない開放的な区画の数少ない角を曲がり、突き当たりの扉を蹴り開いた。

「………」

そして、沈黙せざるを得なくなる。
記憶では整然としていた筈の室内は、見るも無惨に散らかっていた。調度品は尽く破壊され、戸棚は倒れて床には抉れた跡がある。
くしゃっという音に手元を見遣れば、持っている書類に皺を刻もうとしていた。

「―――…」

何とか細く深呼吸を繰り返して高ぶった感情を鎮めようと努める。大事な書類だ、皺くちゃになど出来ない。
慎重に抱え直す合間もなるべく深呼吸。吐息が重苦しい溜息に聞こえるのはこの際無視する。
大理石をこんなにも、土を掘り起こすように抉り取れる人物を、作兵衛は三人だけ…いや、三人も知っていた。
そのうちの二人は世界を飛び回っている為選択肢から除外、必然的に残る一人。
タイミング良く何処からかひらりと書類の上に落ちてきたメモ用紙に書かれた「あとで片付けるから」の字と筆跡の主の名を、轟と燃え盛る炎を背景に地の底を這うが如き低音で呟いた。

「とーないぃッ…!!」

―――同時刻。
大きなカートを押して移動していた、この区画防犯専管のメイドがくしゃみをしたという。



因みにあと二人は七松と綾部。

11/04/03.


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