あの頃、俺たちは
どうしようもなく
純粋で馬鹿だった。




【4】
じゅぷじゅぷと音を立てて時臣は雁夜の入口を解していた。時臣の執拗な刺激により射精させられた雁夜の精液を指先に絡めそれを潤滑油代わりに塗り込める。雁夜は2度も射精したせいで息絶え絶えにぐったりと時臣に寄りかかっていた。拘束された腕では拒むことが出来ず目隠しされたままでは一々与えられる刺激を過敏に拾ってしまい、雁夜の体はすっかり熱と快楽に溶かされ始めていた。それでも心は最後の警鐘を鳴らして雁夜を本来の目的へと促す。
利用するんだろ?許さないんだろ?大嫌いなんだろ?何のためにこんなことしてんだよ?自分を犠牲にしてまで何を望んだのか忘れたのかよ?
……でももう遅かった。否、雁夜の思考と体はもう難しいことなどどうでも良くなってしまったのかもしれない。目の前でちらつかせられる誘惑を耐えるのに、雁夜には少し堪え性が足りなかったのだ。純粋で真っ直ぐで正直な自身の長所がここで仇となるとは当の本人が気付く筈もなく、すっかり快楽の虜になってしまった雁夜は後孔を刺激する時臣の指使いにただ酔いしれていた。

「あっ、は、ああっ」

「そんなに具合が良いのかい?ここは」

そう言って鉤針のように指を曲げて凝りを引っ掻くと、雁夜はビクビクと大袈裟に体を仰け反らせた。口端からははしたなく唾液を溢しその奥では赤く熟れた舌が宙をさ迷う。時臣は誘われるまま雁夜の唇に吸い付き貪った。舌の付け根まで絡ませ舐り互いのざらざらした表面の感触を楽しんでは、歯茎や歯列の隅々を確めるように口内をしゃぶり尽くす。一向に飽きることは無かった。寧ろもっと雁夜が欲しい、もっと雁夜と深くまで繋がりたいと、欲望は止まること無く溢れ続けた。雁夜を内部から指で押し広げながら時臣はひたすら唇を重ねる。それは最早接吻を越え、獣同士の“食べる”に近いものだった。

「そろそろいいかな」

雁夜の精液と先走りで濡れた指を舐め上げながら時臣は微笑んだ。すっかり柔らかく解された雁夜の後孔はぽっかりと口を開けていて、早く埋めてくれと急かすように時折ぱくぱくと蠢いた。雁夜は頬を上気させぐったりと時臣に寄りかかったまま短い呼吸を繰り返すだけで、とうとう抗うのを諦めたようだった。
時臣がギリギリまで張り詰めた自分の陰茎をスラックスから取り出す。雁夜は視界を奪われたことで敏感になった聴覚でこれからされる行為を悟ったのか、少しだけ呻き声を上げた。

「雁夜、受け入れてくれるね?」

柔らかい髪に口付けて優しく諭す。雁夜は僅かに首を数回だけ振るが、その腕は意思に反してぎゅっと時臣の頭を抱き締めた。雁夜に甘えられているようで胸の芯が燻る。それは嬉しいとかドキドキするという単純で素直な感情よりかは、やっと我が手に堕ちたという独占欲が満たされた充足感に似ていた。
時臣は熱く高ぶった自身の陰茎をゆっくりと雁夜の孔へと埋めていく。亀頭が埋まった時点で雁夜の体から力が少し抜けたのを感じ、そのまま促されるように竿を潜らせていく。強引に引っ張られた孔の縁を撫でながら押し進めていると「触んなっ!」と雁夜がいきなり藻がいた。ここは敏感なのだろうかと考えながら触れたままでいると、雁夜は諦めたのかチッと小さな舌打ちだけを一つ溢しそのまま押し黙ってしまった。そうこうしている内に時臣の陰茎は全て雁夜の体内に収まり、その頃には時臣も雁夜も互いに息を上がらせていた。

「雁夜の中、熱いね」

「……うっせ」

「気持ち良いのかい?」

「悪い」

「じゃあ良くしなきゃね」

そう言って時臣は雁夜の尻朶に回した両手で自分より一回り小さい体を持ち上げ落とした。ぐしゅっと音を立てて時臣の陰茎が一瞬で埋め込まれる。雁夜は悲鳴に近い甲高い声を上げて仰け反った後、ハッとして自身の唇を噛み締めた。両手を拘束されたままでは声を押し殺せないと雁夜は鋭い目で時臣を睨むが、時臣は気付かない振りをしてゆっくり律動を繰り返した。

「雁夜、雁夜、雁夜、雁夜」

「うっさい、っは……名前、呼ぶなっ」

額から汗を滴らせながら時臣は雁夜の名を呼び続ける。それ以外の言葉は忘れてしまったのかとでも言いたい程、時臣は切な気に眉を寄せてただ雁夜と呼び続けた。それは一方通行な思いだった雁夜を今こうして自分の腕で抱いていることへの感激の余りなのか。例え思いが歪で湾曲していたとしてもそれは時臣本人にとって、雁夜が葵を思うのと同じく純粋無垢な片想いなのだ。心は未だ通じないにしろ想い人に近付けた、ただそれだけで時臣は心が満たされ救われるようだった。但しそれは束の間の救済であり、今この一瞬の喜びが終わればまた渇望の日々が始まることを時臣は知っていた。だから、この一時を体の全部に刻み込む為に、時臣は雁夜の名を呼び自身の気持ちを一つでも多く伝えようと必死になっていたのかもしれない。



× × ×



高校に入学して幾つかの歳月を重ねた寒いある日、それは唐突に訪れた。

「雁夜くん、私やっと想いが通じたの」

紅色の日が射し込む人が疎らな廊下で、コートとマフラーを纏った葵が頬をほんのりと染めて照れくさそうに微笑んだ。コートを着るにはまだ早い気がするとマフラーだけを首に提げて隣を歩いていた雁夜は立ち止まる。葵が何を言っているのかが解らなかった。想いが通じるって……誰かに片想いをしてるんじゃあるまいし、一体何の事だ?と、先を数歩進んで振り返った葵に首を傾げた。そんな雁夜の仕草に少しだけ笑って、葵は恥ずかしそうに口を開いた。

「遠坂くんと、ね」

葵の口から溢れた名前に全神経が反応を示す。遠坂くん……時臣?なんで?何で葵さんが時臣の名前を今ここで?途端にバクバクと脈打つ心臓が煩い。脳内は何かを警戒するように信号を発する。警戒?何に対して?大好きだし憧れでもある葵さんに警戒する理由なんか無い。じゃ何に?俺は何に怯えているんだ?

「付き合うことになったの」

言葉尻に廊下の窓から吹き抜けた風が葵の長く綺麗な黒髪を揺らす。雁夜のマフラーは飛ばされ葵の横を通り過ぎ、廊下の真ん中に音もなく落ちた。



× × ×

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -