beloved【輪廻の約束】



目覚めて一番初めに目の当たりにしたのは、憎しみに燃える瞳を勝利の悦に歪めた男の姿だった。

名を雁夜と言った。誰かを酷く憎んでいるらしい。同じだと思った。時空を越えて現界してしまう程の怨みをある人間に抱いた私と、雁夜は同じだと思った。

雁夜は言った。
殺したい人間がいる、彼奴がいる限りあの人は救えないから。だから俺は彼奴を殺さなくちゃいけない。私は哀れな御方だと思った。とある女性を愛するが故に己の妄執に取り付かれた、とても哀れな御方だと思った……まるで晩年の私を見ているかのようだった。

雁夜は笑った。
お前の力があれば必ず聖杯を手にできる、彼奴も抹殺できる、あの人に幸せを与えられる、俺も幸せになれる。狂気に満ちた笑顔はそう言って私の名を呼んでいた。蟲に食い荒らされ呼吸すらまともに出来ない体を引き摺り血を吐きながらそれでも笑っていた。哀れだった。救いたかった。けれど、私を取り巻く底無しの黒霧は私自身の意思を受け入れてはくれなかった。

雁夜は絶望した。
長年憎んでいた男をその手で葬り去ること無く、長年愛した女に土足で心を抉られた男の、残酷な結末だった。信じた者に裏切られ恨んだ者を唐突に失った雁夜には、一つを残して何もかもが消え去った。――とある少女の救済。それだけが雁夜の生きる意味になった。私は力になりたいと強く願った。かつて一人の女性を悲しみの檻から助け出そうともがいたように、少女を救おうともがく雁夜の助けになりたかった。それだけが今私に残された騎士としてのたった一つの務めであり、私自身の救済でもあった。

雁夜は微笑んだ。
冷たくて暗い部屋の中で幸せそうに微笑んでいた。少女の救済をとうとう果たせなかった雁夜の身体は、幾度とない魔力の消費によって息をしているのかさえも解らない程に見るも無惨な姿になっていた。細く棒弱な身体を限界まで蝕むもまだ足りないと蟲たちの奇声が響き渡る。隣で横たわる少女が困惑の表情を浮かべる。何故彼はここにいるんだろう。父親に抗って得るものなんて絶望以外に無いことを初めから知っている筈の彼が、どうして命をかけてまで戦いに挑んだのか。とうの昔に未来も希望も奪われた少女は知る由も無い。

私は誓った。ただ愛した者を守りたかっただけの男を見離したこの世界に挑もうと。世界に裏切られた騎士の誉れに誓い、この憐れながらも己の信条を貫いた平凡な男を、次こそは救いだそうと。狂気と憎悪が生むものなんて何もないのだと、かつて一人の女性を愛しながら夢と希望に満溢れていた雁夜に我が身と忠義をもって伝えようと。黒霧が払い霞み消えゆく己の胸に、私は静かに決意を刻み込んだ。

目覚めて一番始めに見るのが眩い光に満ちた桃源郷で無くて良い。ただ、雁夜にとってたった一人の愛する者が隣で微笑み一片の幸せが包む優しい世界になりますよう、私は再び剣を振るいます。貴方だけに仕え貴方だけに跪きます。必ず、貴方に幸福を誓います。きっと……いえ、必ず、貴方に幸せな刻を約束致します。だから、お願いです。再び巡り合い、一番始めに言葉を交わしたいです、雁夜。

end.

ランスロットの核の部分はちゃんと生きてたら良かったのになぁ。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -