beloved【罪愛の歌】



緑輝き静かに海が凪ぐ美しい世界の果てで僕は一つの夢を誓った。それはちっぽけで無力な一人の人間が抱くにはあまりに大きすぎる願いだった。でも僕はその誰もが辿り着けなかった理想の世界を救えるたった一人の救世主だと、信じて止まなかった。それは選択の度に同等の対価を払える人間だったからだ。救済と犠牲を天秤にかけ救済の方へ僅かでも傾いた時、僕は何を憚ることなく犠牲に銃口を向けてきたからだ。

正義の味方は言った。己を殺せる人間こそが真に世界を救えると。世界の救済、即ち数多の犠牲の上に成るたった一つの夢なのだと。
僕は言われた通りに自分を殺した。心を打ち砕き感情を掃き捨て光と希望を忘れた。これこそが世界を救う第一歩なのだと、何の躊躇もなく拳銃を握った。

今、世界は最大の選択を強いられていた。一つの街を易々と飲み込むであろう業火からの救済と、暖かな暖炉の前で僕の帰りを待つ愛娘。たった一人のちっぽけな僕は、世界と最愛の娘を天秤にかけていた。

正義の味方の言葉を思い出す。己を殺してしか救えないのが世界であると言っていた。じゃあ僕は選択の余地もなく愛娘を切り捨てなくてはいけないのか。愛する人と三人で過ごしたあの凍える地での思い出諸とも捨て去らなくてはいけないのか。今まで僕が積み上げてきた骸の上に愛する人すらも重ねなくてはいけないというのか……そういう選択は初めてでは無い筈なのに、何故か僕の頬は涙で濡れた。

切り捨てた筈の心は未だに奥の方で燻っては悲鳴を上げる。助けたい助けたい助けたいでも逃げたい逃げたい逃げたい。僕の弱さは優しいところだと悲しそうに微笑んだ彼女と、ただ健気に帰りを待つ娘の手を引いて逃げ出したかった。でも同時に自分を犠牲にして追い求めてきた理想の成就を棄てきれなかった。

……僕の弱さは決定的だった。

煉獄の炎に包まれる世界を行く当てもなくさ迷い歩きながら思った。僕が積み重ねてきたものは単なる罪でしかなかったのだろうかと。増えてゆく骸の夢と希望を剥ぎ取った死神でしかないのだろうかと。世界を救うという最大の理想を掲げた僕が紡いだのは、罪と愛が入り交じった悲しい歌でしかなかったのだろうかと。

end.

燃えさかる冬木での切嗣。

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