あの頃、俺たちは
どうしようもなく
純粋で馬鹿だった。




【2】
胸をツンと締め付けるような痛みともどかしくもやり場の無い複雑な感情を『恋』だと認識したのは中学に上がって間もない頃だった。
時臣と共通で一つ年上の幼馴染み。清廉で朗らかで知性溢れる美しい彼女は名を禅城葵と言った。幼い頃から面倒見が良く、人見知りでぶっきらぼうな雁夜を優しく諭しては柔らかい笑みを湛えていた葵を、雁夜はいつの日か幼馴染みでは無く一人の女性として見つめるようになっていた。
願いが叶うのであれば彼女の隣で笑い合える存在でいたい。それが難しいのであればせめて彼女が幸せそうに微笑む姿を近くで見届けたい。
雁夜の初恋はそんな、とても純粋で微笑ましい片恋だった。
しかしその些細な願いは残酷にも絶望的な形で踏みにじられることになる。



× × ×



雁夜がゆっくりと腰をスライドさせて丁度時臣の下腹部の上に重なるように跨がった。スラックス越しに下半身同士が触れる感覚に、時臣は気付かれぬようにピクリと反応を示す。
雁夜が何を考えているのかは毛頭検討がつかないが、幾ら手を伸ばしても振り向いてさえくれなかった雁夜が今こうして間近で自分に触れている、そのことだけで内心は高揚し始めていた。そして高揚感は直ぐに身体へと影響を及ぼした。時臣の僅かな変化など気付く筈もない雁夜が、無遠慮にもぐいぐいと時臣の中心を刺激し始めたのだ、己の下半身をもって。
次第に変化は顕著に現れ始めスラックスを俄に持ち上げる時臣の反応に、雁夜はさも可笑しそうに笑みを溢した。

「時臣、どうしたんだよ?これは」

「っ、雁夜……」

「はははっ、もしかしてお前は男に組み敷かれて感じる変態だったのか?」

悪意を貼り付けた笑みを満面に咲かせ尻の下で歯噛みする時臣を蔑すむ。馬鹿にしていた男の想像の範疇を超える行動に戸惑い悔しそうな顔を見せる時臣の姿は、それはもう愉しくて嬉しくて仕方がなかった。完璧を形にしたような正に非の打ち所が無い人間の揚げ足を取ることがこんなにも愉しいことなのかと、俄に快感すら抱き始めていた。
気分を良くした雁夜は少し腰をずらすと徐に時臣のスラックスのファスナーに手をかけた。普段は気にかけることもないほんの小さな金属音にさえも時臣の聴覚は過敏に反応する。開けられた隙間から雁夜の指先が侵入する感触に、これから雁夜にされる行為に対しての恐怖と不安と僅かな期待が渦になって背筋を震え上がらせた。
ああ、雁夜が私に触れている。
雁夜の白く細長い綺麗な指が私のそれに絡み付き蹂躙する。
そう考えるだけで射精してしまいそうな程の快感が脳内を支配していった。

不意に雁夜の指先が下着の合間から時臣の陰茎を直に撫で上げた。途端にビクンと大袈裟に跳ねる時臣の体。内心では次第に嬉々としてこの行為を受け入れてしまっている自分がいるが、表面上はあくまで犯されている立場を貫こうと時臣は苦悶の表情を演出する。
もっともっと雁夜を煽れるだけ煽って、そしてタイミングを見計らい逆に雁夜を組み敷くのだ。誰が雁夜の事を一番に思い大切にしてきたのかをこの機会にじっくりと教え込んでやろう。私を遠ざけ牙を剥くのがどれ程愚かなことなのか、そして私がどれだけ雁夜を愛しているのか、その体で思い知るがいい。きっと快感に悶える雁夜はとても良い表情をするのだろうな……幾度と無くイメージした脳内の映像なんかよりもずっと。そう心中でほくそ笑み、時臣は切なそうに雁夜の名を呼んだ。

「雁夜、止めるんだ……こんなこと」

一方雁夜は眼下でせつなそうに顔を歪める時臣の隠しきれない性衝動を冷静な思考のまま観察していた。無意識だろうが腰を僅かに揺らして陰茎への直接的な刺激を図ろうとする時臣の動作は、雁夜にとってただ浅ましく不愉快なものでしかない。ましてや時臣のこの言動が演技だと思う筈もなく、嫌だやめろと泣き叫ぶ様を想像していた雁夜は予想外の反応に苛立ちを募らせていた。
もっと攻め立てるしかない、きっとまだ俺のことを見くびっているに違いない……この程度で済むと思うなよ時臣。お前を貶めることが出来るのなら、俺はお前を無理矢理に抱くことだって厭わないんだ!
ふと脳裏に浮かんだ初恋の少女の影を咄嗟に掻き消す。
もう嫌だ……時臣に守られるのも奪われるのももう嫌だ……
雁夜は自分の感情を抑える最後の堤防が決壊したのを感じた。怒り恨みや憎しみ妬みなど今まで時臣に抱いてきた気持ちが途端に溢れだし、雁夜の脳内を瞬く間に侵した。
……もう後戻りは出来ない。そう今一度自分に言い聞かせ、雁夜は時臣の首に固く結ばれたネクタイに手を伸ばした。時臣が驚いたような表情を浮かべ咄嗟に身動ぐが雁夜は構わずネクタイを解きにかかる。

「お前を、犯してやる」

声に出した途端に降りかかってきた罪悪感や背徳感を打ち消すべく首を振り、なるべく何も考えないようにしようとただネクタイに集中する雁夜とは反対に、冷たく言い放たれた雁夜の言葉は今の時臣の耳には届く筈もなかった。寧ろ苦悶の表情で時臣のネクタイに触れる雁夜を見上げては恍惚の笑みを溢すだけで、そこには好青年の影などまるで消え失せ、自ら罠に足を踏み入れた哀れな補食対象を舐る静かな獣の姿しかなかった。

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