夏と夕日と甘い二人


今回はETU特集なんだからどんどんアピールしてきてねと永田さんに力強く言われるまま俺と監督は、『受け継がれる背番号7番〜ETUエースの系譜』というテーマでサッカー情報誌の取材を受ける事になった。
実際に発売されるのは来月らしいけれど、今は夏真っ只中で更にはお祭りシーズンということで二人揃って浴衣での写真撮影。
正直、サッカーの話をするのに何で浴衣を着るんだと至極当たり前のような疑問が浮かんだけれど、それは監督がこっそり教えてくれた「女性読者が多い雑誌だからじゃない?」という言葉で何となく理解ができた。

(確かに監督、いつもより大人の男って感じがするよな…)

背格好も体格も俺と変わらない筈なのに、自然と醸し出される妖艶で雄っぽい色気に思わず視線が監督に向かってしまう。
監督のファンじゃなくてもきっと見とれちゃうよなぁ、俺なんか浴衣に着られちゃっててちっとも恰好つかないのに。
そんな思いが気付かぬ内に顔に出ていたのか、カメラマンから「椿さんもっとにこやかにお願いしますー」と言われ慌てて強張った笑顔を作った。



* * *



「「お疲れ様でした!」」

「ふわぁ〜やっと終わった」

「お疲れ様ッス」

午前中から始まった撮影がやっと終了し時計を確認するともう既に3時を回っていた。
監督と俺は記念にどうぞと貰った浴衣を着たままふらふらと部屋を出る。
世良さんやザキさんは今頃部屋でゴロゴロしてんのかな、なんて休日出勤が嫌な訳では無いけれど慣れない取材と写真撮影に辟易していた俺は、監督に一礼してさっさと帰ってボール蹴りに行こうと背を向けた。
その時。

「つーばーきー」

「え?あ、ウスッ!」

「いいもんやるからちょっと来いー」

「…いいもん?」

「そうそう、だから来なさい」

そう言って監督は浴衣を翻してさっさと廊下を歩いていく。
何処へ行くんだろうと思いつつも、監督が迷いなくずんずん歩いていく先がなんとなく予想出来た俺は、頬を僅かに赤らめながら後ろをついて歩いた。
そして到着した場所はやはり。

「監督の、部屋スか?」

「うん、そう、嫌だった?」

「そ、そんなっい、嫌じゃないッス!」

「ん、じゃあどうぞ」

成り行きで招かれた監督の部屋はやっぱりノートの切れ端やDVDの山に埋もれていて、俺は慣れた足取りでそれらをかわしながら奥へと進み、すっかり定位置になったベッドの上へと腰掛けた。

「ほい、これ有里から貰ったんだよ、今日の御褒美って」

監督がポーンと投げたそれを咄嗟にキャッチする。

「アイス…?」

「うん、みぞれのカップアイスを20個ほど」

「20個スか!?」

「そー、だから遠慮しないで食えよー」

そう言って監督は平らなスプーンで早々と口に運び「あー癒されるー」と満足気に笑った。
俺も早速貰ったいちご練乳みぞれの蓋をあけて一口。
口内で瞬く間に溶ける甘い氷の粒がすっかり渇いた喉を潤して、自然と顔も綻ぶ。

「あ、何か、懐かしい味」

「それ、いちご?」

「ウス、練乳もかかってて、甘くて美味いッス」

「ふーん…なぁ味見させてよ」

いいッスよ?と言って顔を上げると、いつの間にか距離が縮まっていた監督がニヤリと笑って俺の前に屈んだ。
え?と脳内が疑問符を浮かべて、口が近いッス監督!と発するもっと前に、監督の唇が俺の唇を塞いでいて。
しっとりと濡れた監督の熱い舌が俺の口内に侵入した瞬間に感じたのは、甘くてほろ苦い抹茶の味だった。

「うん、甘いな、いちご練乳」

「っは、か、監督、いきなり…!」

「嫌だった?」

「い、嫌じゃ、無いス、けど」

けどなんだよー?と言いながらジリジリと更に近付いてくる監督。
いつの間にこんな雰囲気になったんだ!?と頭の中で精一杯にリプレイをするけれど答えは見つからず、反射的に後退りをしていた俺はいつの間にか壁と監督との間で身動きが取れなくなってしまっていた。
外はすっかり日が傾むき夏の夕日が窓ガラスから容赦無く照りつけ、クーラーの無い監督の部屋はどんどん温度が上昇している気がした。
俺の目を間近からじっと見つめる監督の頬を伝う汗と、俺の手の中で溶けるみぞれと、静寂が包み込む部屋と反して遠くの何処からか聞こえるヒグラシの鳴く声。
きっとその全部のせいだと思う。
俺の胸が異常に高鳴り始め、監督が囁いた「もうちっと味見、な?」という言葉に自ずと瞼を閉じたのは、全部全部夏と暑さのせいだ。


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