誰にも止められない


「ったく、おっさん達風呂長ぇんだよ」

もう何度目かの台詞を忌々しげに呟いたザキさんがソファーに寝そべっていた体を起こした。
その下にひいてある古臭いごわごわのラグに座ってサッカー誌を眺めていた俺が反射的に声の主を見上げると、「な、何だよ何見てんだ」と更に表情を険しくさせた。

「え…?」

「それ!その雑誌!」

「あ、これ、ザキさんッスよ、この前の試合で点入れた時の」

「見りゃわかるっつーの!」

お前雑誌はあんまり読まないって言ってただろと言ってキッと鋭い目で俺を睨むザキさん。
その頬がほんの少しだけ赤みを帯びているのに気付かない俺は、慌てて「た、丹さんに借りたッス!」と言って放り投げるように読みかけのままテーブルに置いた。

「…あークソッ、後宮野と世良さん残ってるし」

ザキさんは雑誌の表紙を飾る大阪ガンナーズの面々を睨み付けながら再び溜め息を吐く。
正直言ってザキさんが何でこんなに苛々しているのかがわからない俺は、その度何て反応すれば良いのかわからずただピクリと反射的に肩を跳ねさせていた。
今回強化合宿で始めてやってきたこの年季が入った老舗旅館には生憎大浴場しか無くて、でもその事実を憂んだのは王子くらい(結局一人違うホテルにチェックインしたみたいだ)だった筈。
寧ろ俺や世良さんは大浴場貸し切りだー!と、ベテラン組と永田さんは源泉かけ流しだー!と喜んでいたんだけど、ザキさんは違ったんだろうか。

「あ、あの、もしかしてザキさんは、温泉嫌いなんスか…?」

そうして色々と自分なりに考えて、それでもやはりちゃんとした回答を導き出すことが出来なかった俺は、ソファーにふんぞり返って腕を組むザキさんを見上げ首を傾げた。

「それか、大浴場が嫌いなんスか?」

「どっちも嫌いじゃない」

「…?え、じゃあなん、」

「そういうことを平気で聞くお前と、」

後は椿と一緒に入った時のあいつらが嫌いなだけだ。

そう言ってザキさんはフイッと目を逸らした。
眉間には相変わらず深く刻まれた皺と、それからさっきと違って何処か悔しそうにも見えるザキさんの表情。
外見から精一杯読み取れるザキさんの情報を得た俺はめげずにもう一度頭を捻り、そしてやっぱりザキさんの考えが全く理解出来なかった結果、恐る恐るもう一度首を傾げ尋ねるのだった。

「ど、どういう意味ッスか…?」



* * *



「ザキさん怒らせちゃったかな…」

結局俺はザキさんを一人部屋に残し、大浴場の脱衣所でタオルを腰に巻いていた。
理解力が無い俺に呆れてしまったザキさんが「そんなに先に入りたいなら行けよ」と半ば無理矢理部屋から追い出すように俺を突き放したからだ。
ザキさんの心情がわからないまま何故こうなってしまったんだと暫く部屋の扉の前で挙動不審にウロウロしていたけれど、これ以上無闇に声をかけて怒りを助長させるのは良くないと判断した俺は、行く宛も無く仕方無しに言われた通り大浴場へとやって来たって訳だった。
本当はザキさんと一緒が良かったな…なんて今更な考えに自嘲気味の呆れ笑いを溢しながら、浴場の引戸をカラカラと開けると。

「あ、椿」

そこには宮野がいた。

「宮野先に来てたんだ、世良さんは?」

「後から来るよ、用事済ませてから」

「用事?」

「そ、結構大事な用事」

そう言ってふっと表情を緩めた宮野は「今俺と椿の貸し切だぜ?贅沢だよなー」と至極嬉しそうだった。





「…そういえば」

と、あれから暫くして雫が床を叩く音と外から聞こえる虫の鳴き声だけが響く静かな浴場で、いきなり宮野が口を開いた。
浴槽の縁に凭れぼんやりとしていた俺は目線だけを宮野にやる。

「二人きりになったこの際だから聞くけどさ、椿ってオナニーすんの?」

グッと腕を伸ばして濡れた短髪をガシガシとかきながら天井を仰いで。
そして俺を横目でチラリと見て、宮野は意地悪そうな笑みを浮かべた。

「な…え、えぇっ!?!?何だよいきなりっ!!」

驚愕の余り宮野の一挙一動をフリーズしたまま眺めていた俺は、宮野の台詞を脳がやっとのことで理解をして、そこで初めて絶叫。
同期でETUに入団したから他のチームメイトよりは素の自分で接することが出来た唯一の相手だったとしても、今までこんなに思いっきりプライベートな会話なんてしたことが無かった。
それに宮野は何て言うか…少しだけ俺と同じ雰囲気を持っているっていうか、そういう性とか恋愛とかに疎いんじゃないかって思っていたから。
だから尚更、宮野の爆弾発言とちょっとだけセクシーな仕草に思いっきり戸惑ってしまった。

「ちゃんと抜いてる?」

「はぁ!?ぬ、抜くって…!!」

「そういうの疎そうだから、椿、キャンプ始まってから溜め込んでんじゃないかって」

「よっ余計なお世話だ…っ!」

「ははっ、図星?」

「!!!」

何だ、何なんだ。
こんな宮野、俺は知らない。
こんな狡い笑みを浮かべる宮野も、厭らしいことを平気で言う宮野も、いつもと違う色を宿した瞳を真っ直ぐ俺に向けて距離を縮めてくる宮野も、全部俺は知らない。

「ち、近い、宮野、なにっ…」

「精液溜め込んだままだと身体に悪いんだぜ?知ってた?椿」

「そっ、んなん知ってる…!」

「じゃあさ、二人で身体すっきりさせようぜ?二人だと一人でするよりもっと良いから」



――なんで宮野はこんな事いきなり言い出したんだ。
そんな熱を孕んだ目で見るな。
そんな色っぽい声で囁くな。
その熱い掌で俺に触れるな。

でもそれ以前に。
どうして俺は宮野を拒めないんだ。



* * *

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -