チュンチュンチュン。
小鳥のさえずりが何処からともなく聞こえうっすらと瞼を開ける。
ぼんやりした視界にうつるのは見知らぬ天井と、そして感じたことがない温もりと匂い。
何か凄く温い…落ち着く、とふわふわした未だ覚醒しない思考のままくるりと姿勢を変えてその温もりに近付き体を擦り寄せると。
「そろそろ起きろ、椿」
何処からともなく渋目の低温ボイスが振ってきた。
一瞬間を置いた後、あれ?そう言えばここどこだっけと次第にはっきりしてきた意識の中で目に入ったのは、俺がぎゅっとしがみつくように身を寄せた体と見覚えのある厳しい表情。
…って、厳しい表情?!
「い!?あれ!え、俺っ!?」
「起きたか」
「むむむ村越、主任っ!?なんで、え、えぇ!?」
「うるせぇ取りあえず落ち着け」
ベッドから飛び起きてパニックに陥る俺を見て半ば呆れ気味に溜め息を吐く村越主任。
落ち着けって言われても!
村越主任と一つのベッドで、それも寄り添うように寝ていたんだから慌てずにいられる方がおかしいよ!
そう内心での叫びは言葉にならず、ただ俺は暫く顔を赤くしたり青くしながらペコペコと頭を下げることしか出来なかった。
場所は移り食堂にて。
頭に疑問符を浮かべたまま、村越主任に指示されるがままに顔を洗いスーツに着替え出社の準備を済ませた俺は、村越主任と一緒に寮の食堂へとやってきた。
そこで昨日の事の成り行きを聞いて漸く理解。
ベッドメイキングもしていないお前の部屋の簀の上で寝かせても良かったんだが、と言った村越主任が顔をしかめてこちらを見たから俺は思わずその場で平謝りをする。
「すいません、早速ご迷惑をおかしました…」
朝食も申し訳なさからなかなか喉を通らない。
まだ仕事すらしていないのに俺って本当どうしようもない…なんて落ち込む俺を見兼ねて、村越主任が「今回のは達海部長のせいでもあるから気に病むな」と言ってくれたから俺はまた小さく頭を下げた。
「あ、コシさんと新人発見」
「コシさん、ちぃーっす」
食事を終えた社員がぞろぞろと席を立つなか、見知らぬ二人の社員がにこにこと俺と村越主任が座る席にやってきた。
二人は何食わぬ顔で当たり前のように俺と村越主任の隣に腰掛けると俺をまじまじと観察し始める。
挨拶をするタイミングを逃した俺はぽかんとしたままその視線を受け止めるしかない。
その後やっと口を開いて出てきた台詞はとんでもないものだった。
「よし、今年は女装大会にでもしようかな、どう思います?コシさん」
「俺に聞くな、丹波」
「じょ、女装!?」
「お前なかなか良い感じに着飾れそうだし、な、石神」
「若手巻き込んでみんなでやりゃ面白いかもねー」
石神、丹波と呼ばれた二人は戸惑う俺を尻目に顔を見合わせニヤニヤと悪どい笑みを浮かべる。
いきなり朝っぱらから女装だなんて、何の事だかさっぱり理解出来ない俺は呆然と彼らの会話を聞くだけ。
それも何だか俺が女装する前提で会話がどんどん進んでいくから話を割って問いただしたいんだけれど、そんなこと出来る筈もなく。
「週末が楽しみだな、椿君?」
そう捨て台詞のような意味深な言葉を残し、話を終えた二人は意気揚々と食堂を去って行く。
二人の背中を見送りながら俺と村越主任は、嵐の様に現れては去っていった二人に揃って溜め息を吐いた。
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