02

やっとの事で見つけ出した俺の名前が書かれた名札は想定外の名前の隣に並んでいて、ショックの余り暫く思考を働かせることが出来なかった。

(村越って…一人しかいないよね)

昨日までの新人研修ではだいぶ厳しく指導していたような気がするあの村越主任とまさかの相部屋。
宮野は同期となのに俺はなんでと涙ぐむが、もう既に決められた事に対してどうこう文句を言える筈もない。

(村越主任…怖いけど、ちゃんとしてれば大丈夫だよね…?)

そう信じてドアノブに手をかける。
手をかける…けど。

「き、緊張して開けられない…!」

扉の前でおろおろと右往左往。
端から見たらかなり怪しいだろうけれどそんなの今は知ったこっちゃない。
ばくばくと高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸を何度も繰り返して、そして意を決してドアノブを捻り押したその時。

「何してんのお前」

「ひぇ!?あ、え、うあ」

いつの間に現れたんだろうか、っていうかいつからいたんだろう。
背後にぴったり寄り添うように立って訝しげな表情で首を傾げる名も知らぬ男が一人。
くたびれたシャツの上に緑のジャケットを羽織ったその人は片手にアイスキャンディを持っていた。

「村越の部屋の前で何してんの」

「えと、あの、俺の、部屋で、あの」

「…何言ってんだ?っつーか名前は?まさか不審者?」

「あ、や、違うッス!椿大介ッス!今年入社しました!」

「新人の椿ね、よーし、じゃーちょっとこっちこい」

慌てふためきながらも何とか自己紹介をして不審者認定を免れたのは良かったとしても。
今俺の手を引いて何処かへ向かっているこの人が、一体誰なのかを俺はまだ知らなかった。
会社の人で村越主任を呼び捨てにするってことは、結構な役職者だということなんだろうけれど。

(何処へ行くんだろ…)

すたすたと先を急ぐように社員寮の廊下を引き摺られるように歩きながら、俺は新たな不安に苛まれていた。



* * *



「え、まだ来て無いんすか?」

仕事を終えて部屋に戻ったのと同時に石神と丹波が部屋にやって来た。
目的は俺と相部屋になった新人のチェックだと言ったが、生憎まだ来ていないようだった。
明日から本格的に仕事が始まるからもう入寮してもおかしくない時間帯なのに、新人が使用する予定の寝室を覗いて見たけれど先日掃除をした時と一緒で空っぽ。
荷物も無いからきっとまだ寮にすら来ていないだろうと伝えると石神と丹波はガッカリした様子で肩を落とした。

「会ってみないと歓迎会のネタも考えらんねーしなぁ」

「歓迎会か、また被害者がでなけりゃいいが」

「コシさん、被害者なんて大袈裟ッスよー、あれはあれで上手くいってんですから」

「いってんのか、堺と世良」

「嫌よ嫌よも好きのうちってね、もうちっと堺が素直になればいよいよカップル誕生ッスよ」

はははっと楽しそうに笑う石神の表情に邪念が混じって見えるのは俺だけなんだろうか。
男ばっかりの暑苦しい社員寮で同性同士のカップルってのは理解に苦しむが、環境が環境な上に歓迎会と言う名の破天荒な酒盛りがきっかけとなってしまったんだろう。
相部屋3年目の堺と世良。
彼らの関係は社内でも寮内でもごく限られた人しか知らない秘められたものだった。

「コシさんも新人と相部屋になるんだから、気をつけた方がいいッスよ?」

「そうそう、好きだって言って抱きついて誘惑してくるかもしれないし」

「逆に抱こうと押し倒してきたりして」

「まさか、ゲイがそういるもんかよ」

そう言って二人の顔を見ると、予想外に真剣な表情で詰め寄って来たから驚いた。

「ゲイじゃなくても、一時の過ちは多々あるもんッスよ?」

「例えば、堺と世良」

あー、成る程。そうだ。
わかりやすい例えが身近にいた。
会社の先輩後輩関係が一瞬にして歪むことだってあるんだな、きっかけさえあれば。

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