052.濃紺に咲く/タツバキ

オフ日の昼下がり。
汗だくで火照った体には丁度良い初春のまだ少し冷たい風が、閉じられた窓の隙間から室内にゆっくりと流れ込んでくる。
物置だった部屋だから窓の立て付けが悪いのにも気付かなかったのだろうかと、ベッドに沈んだままだった体を起こしてのろのろと窓際に近づく。
学校で使用されているようなごく普通のベージュ色をした、窓の幅に合っていないごわごわのカーテンを少しだけ開けると、俺は思わず感嘆の声を漏らした。

「こんな色してたんだ……」

窓の向こう、俺の瞳に広がったのは空のてっぺんに濃紺の絵の具を垂らしたような、地平線に向かって美しいグラデーションを彩った真っ青な空だった。
赤も橙も混じっていないただただ青いだけの空に言葉も忘れ心を奪われる。
一段と濃い色の先には銀色に瞬く星が既に顔を覗かせていて、より世界の青さを引き立てていた。

「監督……まだシャワー終わんないかな」

この美しすぎる景色、監督にも見てもらいたいなぁ。
吐息混じりに見惚れながらそう呟いた矢先、不意に背後から温かい何かに包まれて俺は咄嗟に驚きの声をあげた。

「そんな格好してっと風邪ひくぞ?」

裸の背中に触れたのは同じく裸だろう達海監督の胸板で、シャワーを浴びてきたばかりのその肌はまだほんのりと温かかった。
監督の腕が徐に俺の腹に回り、ほんの少しだけ強引に引き寄せられる。

「丁度今、監督に空見て欲しいなって思ってたッス」

監督と触れた部分から熱を分けて貰っているみたいに、風に当たって冷えた俺の体はじんわりと温かくなってゆく。

「うん、すげー綺麗。真っ青で澄んでて……なんかお前みたいだな、椿」

「え?」

台詞の真意が知りたかったのとふと肩に感じた僅かな重みに振り向くと、監督が俺の肩に顎を乗せてぼんやりと窓の向こうを眺めていた。
予想よりずっと間近にあった監督の顔に驚いて視線を正面に戻すと、それを許さないと言わんばかりに監督の手が俺の頬から唇にかけてするりと撫でる。
反射的に小さく跳ねた体に赤面すると、監督は「まだ感度いいまんまなの?」と意地悪そうに微笑んだ後、啄ばむように唇を寄せてきた。
ちゅっちゅっと俺の唇の感触を確かめるように優しく愛撫したあと、歯列を割って熱いぬめりが口内に侵入する。
意思のあるそれが俺の口内をじっくりと蹂躙し十分に味わった頃には、俺の体からはすっかり力が抜けてしまい、全体重を監督の胸に預けるようにしか立っていられなくなっていた。

「椿、見てみ。もう空真っ暗だから」

「ふぁ……あ、本当、だ」

「……大切にしたいもの程、消えてなくなるのはあっという間なんだよな」

「かん、とく?」

ぽつりと呟かれた言葉に疑問を投げ掛けようと何気なく口を開いたと同時に、監督が再び唇を押しつけてきた。
互いの唾液で湿った唇は直ぐに溶け合うようで、俺の思考は瞬く間に快楽へと流され始める。
監督に引っ張られるがまま縫いつけられたベッドで、ぼんやりとした視線を監督に送ると「なかなかエロい顔してっぞ」と言って困まり笑いで溜め息を吐いた。

(監督はなんでそんなに悲しそうなの)

俺に覆い被さり首筋、鎖骨、胸、臍、わき腹と唇を這わせ愛しそうに俺の名前を呼ぶ監督の頭を抱き自然と零れる甘い吐息に唇を震わせながら、俺は心の中で呟いた。

(俺が濃紺の空なら、監督は銀色に煌めく一番星)

暗闇の中でも道を照らし出してくれる、たった一つの星。



end.



初春の空は綺麗ですね^^
タツバキは書く度に切なくなる…なんでだろう?

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