005.その日まで/モチバキ

ナイターでの東京ダービーを終えた味の素スタジアムは数時間前の熱気と賑わいがまるで嘘のようにしんと静まりかえっている。
さっきまで必死に走り回っていたグラウンドも観客席に続くゲートから眺めてみるととても広く見えた。
きっとここから観た俺の姿はとても見苦しかったに違いない。
サポーターにも観客にも本当に申し訳ないと思うし、こんなことを考えながら今日はプレーをしたっていうのがチームや監督にバレたらきっとクビにされてしまうかもしれない。

(でも、それでも、)

「あれ…まだいたんだ?」

椿君、と名前を呼ばれ咄嗟に振り向くと、射るような眼差しを向けて微笑む持田さんが立っていた。

「アウェーのスタジアムでこんな時間まで何してんの、バス、行っちゃったんじゃない?」

肩からさげていたスポーツバックをその場におろし、持田さんは楽しそうに笑いながらゆっくりとした足取りで距離を縮めてくる。
俺は何も言わずにその足元を見つめていた。
そして持田さんが俺の目の前に来るのを待ってから、二人にしか聞こえないような小さな声で呟いた。

「待って、ました」

「え?俺を?あはは、何で?」

いつも逃げてばっかりの君が、今日は一体どんな風の吹き回しだと言って薄く笑う持田さんの目は全然笑っていない。
それもそうだ。
今日の試合でマッチアップした持田さんは俺を一番近くで見ていたのだから。
煮え切らない表情で俯いたまま沈黙する俺を持田さんは暫く眺めて、そして不意に声を上げて笑い始めた。

「今日のあんた傑作、…いつにも増してすげー腹が立つんだけど、その理由、わかってんだろ?」

へたくそ椿君。
そう勢いのまま吐き出すように言って力任せに肩を掴まれた。
そしてそのまま無理矢理引き摺られるようにして観客席まで連れてこられるとベンチに押し倒される。
固くて冷たいベンチが衝撃で小さく音をたてた。

「くそったれなプレーしてんじゃねぇよ」

首ぐらを掴まれながら見上げた持田さんの顔は、ぎゅっと眉を寄せて言葉と反して辛そうに見えて、俺はただ唇を噛むことしか出来なかった。

「謝りにきたんだろ?下手でごめんなさいって、今ここで聞いてやるから言いなよ」

何度も肩を揺さぶられてその勢いで何度もベンチに肩を軽く打ち付けながら、それでもじっと目を見据えたまま何も言わない俺に痺れを切らしたのか、持田さんは突然俺が着ていたワイシャツからネクタイを抜き取り俺の両手を頭の上で拘束した。
そして何のきっかけもなくみるみる内に外されていく釦。
シャツをはだけさせられ中に来ていたTシャツも捲られて、持田さんの目の前に俺の肌が映しだされる。

「お喋りも出来ないんじゃ、体で教えるしかないよね?赤ん坊みたいにせいぜい泣きわめけばいいよ」

そう言って持田さんは俺のスラックスに手を伸ばしてきた。
酷く冷めた目で見下されながらベルトを引き抜かれる。
ベルトは持田さんの手によって宙を舞い何処かに落ちる音がした。

「…反抗しないんだ?今から男に犯されるっていうのに」

喋りながら持田さんの手は俺の片足を折り曲げて尻の排泄部分をぐっと親指で押す。
ここを性器でガンガン突かれるんだよ、女みたいにだらしなく声を上げて。
くくくっと喉奥で笑った持田さんは俺の前髪を力任せに握り唇が触れてしまうほどの距離で吐き捨てる。

「俺に、犯されんだよ」

「…犯されるんじゃ、ない、す」

俺の意識よりも早く、言葉を遮るように咄嗟に出た言葉は持田さんだけでなく俺自身も内心で驚いた。
でもこうなったら言うしかない、言わないと、絶対に通じるはずが無いんだから。

「抱かれるんです」

「…はぁ?」

「その為に、待ってたッス」

「……」

持田さんは驚きと呆れとが混じったような複雑な表情を浮かべた。
きっと俺も同じ。
自分で言いながらも本当は何が言いたいんだかわからなくなっていた。
でもただ一つだけ試合が終わってから、いや実際は試合前からだったのかもしれない。
持田さんに伝えなくちゃいけない気持ちがあった。

「サッカーが、したい、です」

持田さんと、ずっと。

(やっと、伝えられた)

怪我はもう治ったから試合に出たのだろう。
それは確かだと思う。
でも何故だかわからないけれど、持田さんとの試合の度に感じる焦燥みたいなものが俺をとてつもなく不安にさせていた。
片道の燃料だけを背負って飛び立つロケットみたいに、もうこれっきりだと言わんばかりに必死にサッカーをするものだからか。
その原因はわからないけれど。

「…椿君てやっぱり面白いね」

「俺は、本気ッス」

「うん、知ってる」

その瞳は試合中に良く見てるから。

持田さんは先程までとは違う、少しだけ刺が落ちたようないつもよりちょっとだけ優しい表情を浮かべた。
そして呟くように告げられた言葉に、俺は途端に笑顔になる。

「椿君が俺を殺すまで、俺は走り続けるさ」

だから次は殺す気でぶつかってこいよ。

持田さんらしい言葉。
俺がずっと欲しかった言葉。
持田さんが抱えているものの大きさなんて馬鹿な俺にはわかりっこないけど、それでも今こうしてやっと繋がることが出来たのがとてつもなく嬉しかった。

「ウス、もっと、強くなります」

持田さんを殺すその日まで、俺はもっともっと走り続ける。



end



おまけ。

「…で、下らないことで試合を丸潰しにしたこと、わかってんだろ?」

「あ、う、す、すいませ」

「お仕置き決定」

「えっ!?ちょっ持田さ、」

「このまま最後までやるから、…抱かれにきたんでしょ?」

(ち、違うとは今更言えない…!)

おまけendモチバキ進行形で付き合ってる設定^^
わかりづらい…



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