046.おはよ。/ミヤバキ
今年一番であろう今までに無い寒さにふと目が覚めた。
室内だというのに口から漏れる吐息は白く、身震いをする体を布団で暖めながら、俺は寝起きでぼんやりとする目を窓へとやる。
薄ぼんやりと明るい空色がカーテン越しに見えて、今は何時だと時計を確認してみると時刻は未だ4時を回ったところだった。
(雪、か?)
寒さといい独特の早朝の妙な明るさといい静けさといい。
もしかすると降っているかもしれないと、電気ストーブに電源を入れる継いでに冷たいフローリングの床をヒタヒタと歩きカーテンを開けてみた。
「うわぁ、スゲー降ってる」
瞬間、目の前に広がったのは白銀の静かで美しい世界。
ふわふわの大きな雪が灰色の空から幾万も落ちてきて、白い地面に音もなく重なっていた。
俺はその様子を暫くぼうっと眺め、そして思いついたかの様に携帯電話を取り出した。
発信履歴の一番上の名前を選択して決定キーを押し、しかし、いややっぱり今は止めておこうと思い留まりクリアキーを押す。
頭の中を過るのは、昨晩の些細な事から発展した言い争い。
楽しいサッカー談義の筈が少しずつ軌道が外れ、お前はどうだの俺はどうだのと美談を語る内に互いのポテンシャルについて互いに触れていまい、その結果に険悪な雰囲気のまま別れてしまったのだ。
「…俺、いつも必死だからサッカー以外のことあんまり考えないんだけどさ、ミヤちゃんとサッカーしてる時は楽しいって感じるんだ」
…だから。
だから一緒に長い時間、試合に出ようよ。
椿は単純に俺と一緒にサッカーがしたいって言いたかっただけなのかもしれない。
でも俺だって、いつも適当に練習をしている訳じゃないし、いつだって本気でレギュラーを狙っているし、まだまだFWとしての自覚とプライドだってある。
そんな俺の気持ちも知らないでもっと努力しろという風な言い回しが気に入らなかったんだ。
椿は凄いさ。
サテライト上がりですぐ7番貰って何だかんだでレギュラー定着して。
有名なサッカー雑誌で注目の若手だと記載されているのも見た。
正直スタートは俺の方が上だったのに、いつの間にかぐんぐん椿は頭角を表していって、今じゃレギュラーとベンチで大きな差が出来てしまった。
「楽しいとかそんな軽いノリで球蹴ってんじゃねぇんだよ俺は、真剣なんだよ」
そう言って突き放すと、泣きそうな顔をしながら「俺も本気だよ!」と返してきたから、俺は何も言わずに部屋を出ていった。
何で泣きそうになってんだよ。
泣きたいのはこっちだバカ。
一緒にフィールド駆け回りたいのは俺だって同じだし、二人で活躍してETUをもっともっと強くしたいって思ってんだ。
(…だからって俺、これじゃ単なる妬みだな…かっこわりぃ)
仰向けのままボスッとベッドに倒れこんだ。
白い天井を見ながら思い出すのは昨晩の椿の悔しそうな切なそうな顔。
彼奴を傷付けるつもりは無かったんだけど…俺はもしかして気付かぬ内に結構切羽詰まっていたのだろうか、椿との間に広がる差にビビっていたのだろうか。
再び携帯電話の画面を見る。
画面は先程の発信履歴ページのままで、一番上の名前を選択したままだった。
(いつも寝る時は電源切ってるって言っていたから、丁度いいか)
謝る謝らないの前に、まず俺の素直な気持ちを伝えておきたい。
昨晩言った言葉を訂正するつもりは無いけれど、その核心の一番大切な部分を言えないままだったから。
俺も椿と同じフィールドに立ってするサッカーが楽しいって、せめてそれだけでも留守電に残して置こうと思った。
――プルルルル…
呼び出し音が鳴る。
あれ?電源切った状態だと呼び出しすら出来ないんじゃ…と携帯電話の向こうから聞こえる機械音に戸惑っていると。
『――はい…?』
寝ぼけた声の椿が返事をした。
(え!?何で出んだよ!まだ朝の4時だぞ!?)
想定外の事態に慌てた俺は用意した台詞も忘れ、どうしよう何を喋ろうと携帯電話を耳に当てたまま、えーだのうーだの言葉にならない声を漏らした後、何とかようやっと呟いたのは「雪、すげぇ降ってる」という早朝から迷惑甚だしいどうでもいい言葉だった。
『…ミヤちゃん?』
「わ、悪い、朝っぱらから」
『大丈夫…』
携帯電話越しに聞こえる疑問だらけな上に眠たそうな椿の声に、何だか自然と笑みが零れた。
謝るのも、本音をを言うのも、取りあえず後回しにしてしまっていいだろうか。
今はただ真っ先に、静かで綺麗な朝を大切な人と迎えられたという、ほんの些細な幸せを噛み締めたくなったから。
朝っぱらから迷惑だろうけれど、これだけ言わせてくれな、椿。
「おはよ」
雪はただ、静かにしんしんと降り注いだ。
end.
ミヤちゃんのキャラが迷子ww
そして朝っぱらから迷惑極まりない…でも椿も怒った宮野のことが気掛かりだったから声を聞けて安心した…とか。
実際は単に朝一で「おはよ」を言うミヤバキを書きたかっただけだよ^^
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[mokuji]
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