049.流れ星/タン+サク

※堺・丹波引退後の捏造話です。
ご注意くださいませ。










日中の喧騒と人波でごった返していた街中は今はまるで水を打ったかのように静まり返っていて、何となくだけどこの世界にたった一人だけ取り残されてしまったような、そんな不思議な孤独感を感じた。
肌を切るような真冬の冷たさは吐いた息を白く濁すけれど、澄んだ空には疎らに銀色の光が輝いていた。
忙しく過ごしていた時にはまともに空を見上げることも無かったなと、改めて過ぎた日を思い返す。
立ち止まることも無くただがむしゃらに走り続けていた日々。
当時は立ち止まることが何となく怖くて、一度止まってしまえばもう二度と同じスピードで走れなくなるんじゃないかと浮かんでくる不安をかき消すかのように、ただ目の前の道を突き進んでいた。

(若かった…んだろうな)

昔の自分を思い出して自然と笑みが溢れた。
その一言で片付けてしまえるようになったのも、当時の自分が抱いていた苦悩が衰退する自分への恐怖感だったということも、サッカー人生にピリオドを打って始めて気がつくことができた。
――自分の生きがいとの決別。
それは言葉に言い表せないほどの辛い決断だった。
芝を軽やかに駆け回っていた足が重くなる。
瞬時の判断に体が着いていかなくなる。
培った経験と引き換えに、無謀を強いた体はきしみ始めていた。
もともと選手生命が短いスポーツだということは理解していた。
それこそ真夏の夜を彩る打ち上げ花火のように、華やかにその時代をプレーした後は案外あっさりと訪れる幕引き。
誰もがそうやって惜しまれながら引退して、そしてそうっと消えていく。
むしろ達海さんのような終わり方の選手だっているんだ、俺は怪我も無いし、クビにされたわけでもない。
ただ…そういう時期が訪れただけ。

(だから余計、あがけない)

再び空を見上げるとタイミング良く流れ星がひゅっと暗闇を切るように流れていった。
驚きでポカンとしたまま空を仰いでいると、前方から慣れ親しんだ声が俺を呼んだ。

「堺、なにしてんの?」

「流れ星」

「はぁ?…え、今?」

「おう」

えー!どこだよ!と言って慌てて駆け寄ってきた丹波は俺の隣で同じく空を見上げた。
どこで見上げようと同じだろうと思ったけれど、真剣に目を凝らす丹波がなんだかおかしくて、黙っていることにした。

「お前来んのおせーから」

空を見上げたまま、丹波が呟いた。

「考えてた、今までのこと」

俺も見上げたまま答える。

「今まで?」

「…引退したんだな、俺」

「なんだよ今更かよ」

フッと柔らかい笑みを浮かべた丹波は、俺の手に握られていたビニールの袋を奪い取ると悪戯っぽい表情で「寄り道すっか!」と言って歩き始めた。



* * *



「さ、さぶっ…やめりゃよかった…」

「お前もしかして結構馬鹿だろ」

「だって!一度はやってみてーじゃん!落ち込んだ親友励ましに深夜の公園で酒飲むって」

「落ち込んでねーよ…馬鹿」

遊具がブランコと滑り台しか無い真っ暗な公園で、俺と丹波は缶ビールを煽っていた。
丹波ん家で飲む予定でコンビニで買ってきた酒はもう半分ほど空っぽ。
ほろ酔いの俺は滑り台に腰掛け、同じくほろ酔いの丹波はブランコを小さく揺らしながらぼんやりと夜空を眺めていた。

「流れ星になに願ったんだよ?」

不意に丹波が呟いた。
キィと音を立てながらブランコを揺らして俺を見ている。

「願う暇なんかねーよ。気づいたら消えていた」

「じゃあさ、何を願いたかった?」

足元の砂場に空き缶を置いて丹波を見ると、もうブランコを揺らしていなかった。

「…なんだろーな」

「はぐらかすなよー。まぁたぶん俺と同じだろうけど」

「同じ?」

「おう」

ニッと満面の笑みを貼り付けたその顔はいつもの丹波で、昔と何ひとつ変わらない表情だった。
――昔に戻って、ETUでサッカーがしたい。
そう思っていたのは俺だけじゃなかったようだ。
でもその願いは口にしてもどうしようもないことだから、俺は言わなかった。
丹波も「これからは、今までじゃなくてこれからを考えようぜ」と言っていたからきっと俺と同じなんだろう。
もう一度、ふと夜空を見上げてみる。
銀色に瞬く幾千の星は何も変わらず輝いている。
きっと暫くはサッカー選手でなくなったことへの寂しさが消えることは無いだろうけれど、それでも孤独感を感じることはもうないだろう。


「もう少しだけ、走ってみるか」

「ん?なんか言った?」

「なんでもねーよ、馬鹿」

流れ星がまたひとつ、夜空を駆け抜けていった。



end.



どうやら私は引退話を捏造するのが好きみたいです^^
これはタンサクタンなのか…?

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