039.本日、看病されました/ミヤバキ

瞼を開けるのが何故か辛くて。
頭の向こうがガンガンと痛くて。
何かを考えたいのに脳内がエンストを起こしているようで、まるで動かなくて。
すっかり肌寒くなったオフの朝、選手寮の一室で俺は火照るのに寒い身体をぎゅうっと丸めて踞っていた。

「ミヤちゃーん」

遠くから聞き慣れた声が何処からともなく聞こえる。
あれ、遠く?もしかして近く?曖昧な聴覚は距離感すら掴めなくなっていて、仕方なく俺はぼんやりと霞む視線を部屋の入口へと向けた。
するとそこには、

「ミヤちゃん、大丈夫?」

ドアを少し開けて顔だけを覗かせた椿が心配そうに首を傾げていた。

――だいじょうぶ。

そう伝えたいのにカサカサの唇は荒い吐息を繰り返すだけで、どうにもかったるい身体は言うことを聞いてくれなくてただ目だけを椿に向けていると、椿はそっとドアを開けて静かに部屋の中へとやってきた。
手にはコンビニのビニール袋。
それをベッド脇のテーブルに置いて、椿はポケットから取り出した体温計を俺の目の前に翳した。

「ミヤちゃん熱計るから、腕、ちょっと動かすよ?」

そう言って布団の中から俺の片腕を出す。
外気に触れて反射的に身震いをした俺を見て椿は「ちょっとだけ、我慢な」と言って微笑みながら俺の脇に体温計を挟めた。

「…つばき」

「何?」

「……」

「ふふ、ミヤちゃん、舌足らずだ」

体温を計っている内にぬるま湯をはった桶とタオルを持ってきた椿は、俺の額の汗を優しく拭うとビニール袋から取り出したひえピタを張り付ける。
貼っている最中に「あ、ぐちゃってなった」と聞こえた気がしたけれど、それは椿らしいから許してやろうと心の中で思った。

「んー8度5分か、まぁまぁ高いね」

「…つばき」

「ドクターに電話するからちょっと待ってて」

携帯電話片手にふらっと部屋を出ようとした椿を咄嗟に呼び止めてしまった自分が恥ずかしくて布団に顔を埋める。
椿が体温計を持ってる訳ないじゃん何で俺気付かなかったんだよなんて、どうでもいいような後悔を少しして、そして椿が戻るのを大人しく待った。

「何か胃に優しいものを食べて薬飲んで充分に寝れば明日には良くなるだろうって、良かったね」

そう言って笑った椿の手には、また新しいビニール袋。
何処から持ってきたんだと疑問のままにその袋と椿を交互に見ていると、視線に気付いたのか中身を出してくれた。

「廊下に出た時ザキさんと世良さんが丁度いて、ミヤちゃんにってくれたんだよ」

2リットルボトルのミネラルウォーターとポカリが2本ずつは世良さん。
レトルトのお粥とアイスノンはザキさん。
出掛けたついでだって言っていたけれど、みんな優しいよなと言った椿の言葉に、俺も小さく頷いた。

「じゃあお粥温めて…あ、寝る前に身体拭かないと」

レトルトのお粥を片手にそのまま電子レンジに向かおうとした椿を何とか止めて、湯煎にかけさせる。
クローゼットから慣れた手つきで替えのスウェットを取り出す姿には何処からか照れが生まれて、真っ赤になった顔を椿が心配そうに覗き込むものだから、俺は違うんだと必死に首を振った。

「ミヤちゃん、明日には良くなるといいな」

「…つばき」

「ん?」

――ちゅっ

俺の身体を濡れタオルで拭く真剣な表情に何だか幸せが込み上げて、その唇に小さくキスをすると椿は驚きの声を上げて跳ね上がった。

「な、何するんだよ!いきなり!」

「…ふふ」

「笑うな!!…こっちは真剣なんだからな、もう」

顔を赤くさせて困ったような顔をしながら、それでもきちんと俺の着替えまでも手伝った椿は、しっかり温まったお粥が入ったお椀とレンゲを持ってきて、当たり前のように俺の口元へと運ぶ。
こればっかりは恥ずかしくて一人で食えると言ったんだけれど思いの外強情な椿は俺の願いを聞き入れてはくれず、結局は椿の手によってお粥は全て俺の腹ん中へと収まった。

「アイスノンもバッチリだし、後は薬を飲んで寝るだけだな」

「ん…つばき」

「何?」

「…さんきゅ」

布団にくるまった身体を起こして椿の手を取る。
洗い物をしたせいで冷えた椿の指が熱を孕む俺の掌には心地良くて、安堵の息を吐くと椿が小さく笑った。

「ちゃんと寝ろよ?」

「ん」

「明日、練習休むなよ」

「ん」

「…ミヤちゃん」

「ん?」

――ちゅっ

「し、仕返し!」

…椿のおかげできっと明日には元気に走れそうだ。



end.



まさに801なミヤバキ^^
ミヤちゃん呼びにたぎった結果がこれだよ、きっとミヤちゃんの前では椿はしっかりしてるはず!←
そしてうちのバキちゃんはいつでも天然仕様w


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