043.誰も知らない/タツバキ

すやすやと小さく寝息を立てて肩を上下させるその姿はまるで子供のようだ。
徐にその艶髪に手を伸ばしサラサラと手櫛を通すと指通りよく、指の隙間からこぼれ落ちる黒髪はサッカー選手にしてはとても綺麗なものだった。
ふと、むずかゆそうに小さく唸って寝返りをうつ椿。
丁度よく間近にきた顔をまじまじと観察する。
静かに伏せられた瞼。
その先で僅かに揺れる睫毛。
ほんの少しあどけなく開いた唇。
その隙間から覗く肉厚の舌。
ほんのり色付いた頬の上には良く見れば幾つかの擦り傷があった。
その傷を指先で撫でてみる。
すると「ふむぅ」と気の抜けたような声が椿の唇から漏れたから、笑いを堪えるために咄嗟に口元を覆った。
そして込み上げる笑いを落ち着かせた後は、再び安らかな寝息を立て始めた椿の唇に触れてみる。
ふにっと指先に吸い付く柔らかで弾力のある少しかさついた唇。
たどたどしく一生懸命に紡ぐ言葉も、甘美な刺激に思わず漏らす吐息も、同じこの赤く熟れた唇から発せられると考えると不思議だ。

「椿」

小さく名前を呼んでみる。
が、勿論返事は無く、起きる気配もないその安らかな寝顔は、再びくるりと寝返りをうった反対側へと隠れてしまった。
あーあ、寝ている間にこっそりキスでもしてやろうかと思ったのに残念、と思いつつ、性懲りも無く次は露になった首筋へと触れてみる。
項を隠す髪を避けて、首の骨の一つ一つを確認する様に優しく撫でて。
そして暗闇に浮かぶ項の白さに吸い寄せられた俺は、その小さく出っ張った骨の一つに唇を添える。
舌先で突っつき柔く挟んで感触を楽しんだ後、首と頭の狭間まで唇を移動させてそこを少しだけきつく吸った。
ちゅっと小さく音が鳴るも椿はやっぱり起きず、俺は白い首に赤く印されした証を親指で一撫でして顔を離した。

「椿」

もう一度名前を呼んでみた。
やっぱり椿からの返事は無く、ただ布団の中でもぞもぞと体を小さく縮こめる。
その丸まった体を背後から包み込む様に抱く。
背格好も体格もほぼ同じに等しい椿の体は俺のよりはほんの少しだけ柔らかくて温かい。
椿の腹部に手を回しきゅっと距離を縮めて更に体を密着させると、ほんの少しだけ椿の匂いが鼻腔を擽った。
椿の温度。
椿の匂い。
椿の感触。
全てが触れた腹部と掌から伝わって俺の中に満ちていく。
俺の腕の中にいる椿とまるで同化していくみたいで、セックスよりもずっと心地好くて安らかだ。

(いっそのこと、このまま一つになっちまえば…なんて)

重なる二つの呼吸を瞳を閉じて感じながら思った。
椿の全てがこの俺の二本の腕の中にあるのに、それでも足りないと思ってしまう俺はまるで病気だ。
広大な砂漠に与えられた小さな泉じゃ渇きは癒せないと、いつの間にか貪欲になってしまった俺の心はもっともっとと椿を求めてしまう。
治す術も薬も無い、病だ。

「椿」

…10歳以上も離れた子供相手にこんなにも本気になって求める俺がいるなんて俺自身全く知らなかった。
年甲斐もなく貪欲に椿を欲しがる俺なんて。
こんな俺の姿はきっと椿も知らないだろうし、想像すらしないだろう。
椿が寝ている間にこんなにも椿を強く求める俺の浅ましい姿なんか知る由もない。

「もっとちょーだい、椿」

きっと…いや、絶対。
誰も知らない。



end.



椿を好きすぎる達海^^
案外盲目になるのは大人だったりっていう。


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