031.lament/タツコシバキ

※皆病んでます・自傷表現有につきご注意





俺を見上げるその瞳は、ボールを追いかける時の鋭さや真剣さや楽しさや強さは無く、ただ目の前の景色を映し出すだけの無機質なガラス玉だった。
悲嘆。
絶望。
それらを言葉のままに表現したようなその双眼は俺をじっと見上げ、そしてやっと我に返ったのか小さく「コ、シさ」と呟いた。

「何をしているんだ」

椿。と名前を呼ばれた目の前の男は俺の声にびくりと大袈裟に肩を跳ねさせ、膝を抱えていたその身を更に小さく丸める。
と同時に露になった白い太股をつうっと赤い筋が伝うのが見えた。
よくよく周囲を見てみれば同じく床に無数の赤い雫。
そして斑にその赤が付着したプラスチックの欠片がコロンと椿の足元に転がっていた。

(レガースか)

思わず小さく舌打ちが洩れる。
椿の持ち物は勿論、ロッカールーム内にあるハサミやカッターといった刃物や人を傷付けることが出来るような道具・雑貨類は全て排除したというのに、それでも防ぐことが出来なかった。
椿は悔しげに顔を歪める俺を不思議そうに見上げたまま「コシさん、何で、そんな顔、するんスか」と消え入りそうな声を溢す。
それは真っ直ぐで純粋で無垢な瞳と言葉で、俺は胸を抉るようにゆっくりと突き刺ささるそれを、拳をぎゅっと握り締め顔を更に歪めながら耐えた。

(椿にはわからねぇだろうな、俺がコイツを守ろうとする理由を)

――達海がETUの監督として就任するのとほぼ同時期にサテライトからやってきた椿。
当初の不安定なプレーは強い志と何かが吹っ切れたような清々しさを持って次第に解消し、今では僅かに迷いを抱きながらもがむしゃらに走っているように思えた。
でもそれはサッカーに関してだけであり、俺は大きく勘違いをしていた本当の事実を後に知らされることになる。

それはある寒い日の夕暮れ。
忘れ物を取りにしんと静まるクラブハウスを歩きロッカールームを訪れると、灯りの無い真っ暗な部屋の向こうから何故かシャワーの音だけが聞こえた。
誰かが出しっぱなしにしたのだろうかと溜め息を吐いて俺はゆっくりした足取りでシャワールームに足を踏み入れる。
するとどこからともなく小さな声が聞こえてきた。
幽霊にしてははっきりと、そして何度も繰り返し聞こえるその声は、普段から良く顔を合わせる一人の男を思い浮かばせる。

(…椿?)

カーテン一枚を隔てた向こう側にいる椿の異変に直ぐ様気が付いた俺は、僅かに開いた隙間から中の様子を確認するため覗いた、その先には。

床に散らばる白と赤。
下肢に何も纏っていない椿は右手にカッターを握り締め踞ったままぼんやりと床を見つめていた。
口から何度も呟かれるのは「ごめんなさい」の言葉。
そして。
その露になった太股には赤い痕が幾つも散りばめられていたのだ――

「かんとくは、足が、悪いんスか」

「…そうだな」

「だから、ボール蹴らないんスね、だから」

あんなに苦しそうなんスね。
椿はそう呟くと、見たことが無いような至極悲しみを帯びた笑みを浮かべた。

「監督は、俺をだ、抱くとき、いつも泣くんス、悔しそうで、でも苛々してて、羨ましい妬ましいって」

この瞬間、改めて俺は気付く。
達海と椿が体を重ねる関係だという事は早々に知っていた。
椿が毎度シャワールームで自傷行為に及ぶのは、彼奴に抱かれた後だということも知っていた。
だから椿は彼奴に嫌々抱かれているものだと思っていた、いや、思い込んでいた。
チーム主将として椿を助けなくては、守らなくてはと己の責務のように暗示かけ、ロッカールームをいつも確認し二人の挙動を逐一監視していたのは、ただ単にチームの為だった筈だ。
それが。

「俺、どうしたらいいのかわかんないス、監督にあげられるなら足なんて、俺いら」

「椿!」

シャワールームの壁を拳で叩き椿の名を呼ぶと、椿はびくっと肩を震わせ唇を噛んだ。
大きな瞳は更に大きく見開かれ、涙の雫が今にも溢れ落ちそうだった。

「馬鹿なことを言うな、お前はお前、達海と混同するんじゃない」

そう思いたいのは俺自身。
達海への思いが椿自身への自傷に結び付くのが、哀れみや同情のような安っぽいものであって欲しいと願いたい俺のエゴ。

「サッカーをするお前だから彼奴はお前を抱くんじゃないのか」

それはサッカーを無くした椿はもう達海には愛されないと言っているもんだと、僅かにちくりと胸が痛む。
現に椿は更に泣きそうに顔を歪め、そして小さく「そうスね」と呟いた。

もうきっとこれ以上俺は何を言っても、椿を苦しめる言葉しか出てこないだろう。
主将としての責任がいつの間にか椿への想いへと変わり、達海への正義が気付けばただの妬みへとすり変わってしまった。

(俺が自ら踏み込んでしまったのか)

二人が嵌まってしまった底無しの仄暗い沼。
そこに自ら足を突っ込んだ俺に余りの情けなさに渇いた笑いが溢れる。

「椿、お前はどうしたい?」

真綿で出来た鎖を椿に差し伸べて俺はこの先どうしたいんだろう。
そう、俄に働く理性が脳内で警鐘を鳴らす。
でも、それよりも。
怯えながらもそっと伸ばされた椿の冷たい掌に心が満たされていく気がした俺は、とうに肩までどっぷりと浸かってしまっていたのかもしれない。

狂愛という名の底無し沼に。



end.



く、暗い…!;;
皆かなり病んでますね…
でもこんな3角関係とか好きなんです(^p^)

達海←(→?)椿←村越なんて複雑な上に、大人の男がカッコ悪く泣いたり悩んだりすんのが堪らなくたぎるんスよ!!!←え、私だけ?w

[ 31/52 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -