027.IF/タツバキ

「あ、そう言えば明日は七夕ッスね」

夜、監督の部屋で次節対戦するチームの試合を一緒に観戦している時、ふと思いついたことを呟いてみた。
すると俺を抱きかかえるようにしてテレビ画面を眺めていた監督が、「あー忘れてた」と言って徐に立ち上がり床に散らばったDVDとルーズリーフの山をごそごそと探り出したから、俺は首を傾げつつ黙ってそれを眺める。
暫くそうして散らかった床に手を這わせ何かを探していた監督が、不意に「よかったー、捨ててなかった」と安堵の息を吐いてこちらを振り向いた。
その手に握られていたものは。

「なんですかそれ、紙?」

「短冊だよ短冊」

今朝有里から貰ったのをすっかり忘れてたと言って、色画用紙を切り取ったんであろう短冊数枚をひらひらと漂わせた。

「クラブマガジンの特集で載せるから書けだって」

「あ、それなら俺も書いたッス、今日の練習の後永田さんがロッカールームに持って来て」

「へぇ?」

監督は俺の言葉を聞くなり、背後から俺の腹部に回していた腕に少しだけ力をこめた。
首筋にかかる吐息、項を擽る監督の柔らかい髪が二人の距離が更に縮まったことを実感させて、じわりと耳の先に熱が集まるのを感じる。

「何て書いたの?」

「…リーグ優勝、と」

「と?」

「カードを出来るだけ貰わないようにって、書いたッス」

「はははっ、椿らしーな」

そう言って監督は俺の肩甲骨の間に額をぐりぐりさせながら笑った。
俺が口実の様に付け足した「クラブマガジンだからちゃんと真面目に書いたッス」と少し不貞腐れながら呟いた言葉に監督はまた、真面目に書いてそれなんだと笑う。

「じゃあ俺は椿とずっとラブラブでいられますように、って書くかな」

ほのぼのとした笑みの中で監督はいきなりとんでもない事を囁いた。
勿論俺は驚いて、止めさせようと咄嗟にバッと監督を振り返る。
すると監督は待ってましたと言わんばかりにニヤリと悪い顔をして、言葉を紡ぐ前の俺の唇を素早く塞いできた。

「んっ、んん!」

「…椿が素直じゃないから」

「ん、むあっ、な、何」

「ねがいごと」

「ねが?…あ!、あう、や、監督っ」

唇の隙間から強引に差し込まれた監督の舌先に捕まるまいと口内を追いかけっこしていると、気付かぬうちに伸びてきた監督の指先がTシャツ越しに乳首を摘まんだから思わず恥ずかしい声を上げてしまう。

(今日の監督、何か変だ)

今日…っていうか今のと言った方が正しいかもしれないけれど、滅多に感情を表に出さない普段の監督とは違うあからさまな言動に、足りない思考を精一杯に巡らせてみる。
不埒な動きをする監督の手を何とか押し留めながら暫く考えた末、俺なりに辿り着いた結論は。

(監督との願い事、書いて欲しかったのかな…?)

七夕の話の辺りからいきなり抱きついてきたりキスしたり、それはとってもわかりづらい監督の感情の現れなんだろうかと思う。
いつもは俺が頷くまで待ってくれて、俺が理解出来るまで話してくれて、俺が答えを見付けるまで見守ってくれる監督、だけど。
もしかしたらそれは他のチームメイトよりももっと長い時間を一緒に過ごした俺だけが知る、達海監督の小さなサインなのかもしれない。
そう思うと、目の前で何事も無かったかのように涼しい顔をする年上の彼がとてもとても愛しく感じた。

「…俺、いつも考えてるッス」

「何を?」

「もしも監督がイングランドから戻ってこなかったら、もしも俺がサテライトから引き抜かれなかったら、もしも…監督と俺が出会っていなかったらって」

「うん」

「もしも、とか話し出したらキリがないってのはわかってますけど、でもそう考えると少し怖くて…だから俺はいつも監督に出会えて幸せだって、感謝してるッス、だから」

「…なぁ、輪廻転生って知ってる?」

「え、あ、知らないッス…?」

俺の纏まりきらない話を遮るように、監督は不意に口を開いた。

――現世で出会った人達の全ては、前世でも同じ様に出会っていた人達なんだって。
俺は占いとか根拠が無いものは信じないけどさ、でもそれって凄くね?
前世の奴等からすれば俺と椿が出会うのは必然だっつーことだもん。
そう考えれば、もしもだなんて悲しいこと考えなくてもいいだろ?――

「織姫と彦星なんかより、もっとロマンチックだと思わない?」

「…思うッス」

『監督に出会えたのは必然』
その言葉が魔法の様にじんわりと俺の隅々まで行き渡り、気付かぬ内に抱いていたのだろうか、焦燥や不安といった蟠りがゆっくりと溶解していくのがわかった。

ふとした時俺はいつも考えていた。
ETUで監督と一緒にサッカーをする自分はもしかしたら夢の中の幻想で、ただ単に長い夢を見ているだけだとしたら。
シャボン玉が割れるように、今、最高に幸せなこの時がふとした瞬間に割れて消えてしまうのだとしたら。
そう考えると祈らずには、願わずにはいられなかったんだ…情けない話だけれど。

「監督とのことはいつでも願ってるッス、だから、短冊には書けないっていうか、書きたくないっていうのか…あの、う」

「いいよ、うん、椿が言いたいことわかったから」

「…ウス」

自分の気持ちを上手く言葉で表現できなくて顰めっ面を浮かべたまま監督を見上げると、監督は朗らかな笑みでわしゃわしゃと優しく俺の頭を撫でてくれた。
大きくて温かい監督の掌。
この掌が必然的に俺の隣にあることが、今この上無く嬉しく感じた。

「よーし、じゃあ俺も椿に倣って真面目に書くかなー」

「何て書くッスか?」

「椿が余計なこと考えてチキンになりませんように…とか?」

「え!?」

「俺のことはいっぱい考えていいけど、ネガティブは禁止、はいこれ決定」

「え、えーと」

「今の椿と俺を一番に考えような?…だからもしもの話は無し、今後くだらないこと考えたらオナニーショーな」

「えー!?そんなっ!」

「ニヒヒ、肝に銘じとけよー」

監督の両足の間に収まっていた俺を監督は再びぎゅっと抱き締める。
首筋にかかる吐息。
項を擽る猫っ毛。
体勢はさっきまでと一緒の筈なんだけれど、何だかより恥ずかしく感じるのは心の距離が縮まったからだろうか。
…なんて。

(『もしも』そうだとしたら)

それこそ、織姫と彦星みたいにこの絆が深く強くなったのだとしたら、それは凄く幸せなことだと思う。



end.



何が書きたかったのかよくわかんない感じになっちゃったガーンorz


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