003.長い夜/若手組

「椿ぃーちゅうしよーぜ」

うっすらと頬を赤らめ瞳を潤ませた世良さんの掌が俺の頬を撫でた。
もう片方の掌には缶ビール。
机に視線を移すと、広げられたつまみと大量に積み上げられた空缶の山が目に映った。
ぼんやりする頭の中で、ああ、みんなでお酒飲んでたんだっけと状況を把握する。
一緒に飲んでいた筈のザキさんとキヨさんはどこに行ったんだと思考を巡らせようと視線を移動した矢先、俺の唇に柔らかい何かが押し付けられて一瞬フリーズした。

(あ、俺今、世良さん、と)

キスしてる。

そう理解した時には既に唇は離れていて、目の前でにへーと悪戯っぽい笑みを浮かべる世良さんが満足げに「椿とちゅーした!」と声を上げて離れて行った。

「え、世良!?マジで!?」

「…ずりぃっすよ、世良さん」

「はぁ?赤崎も何言ってんだよ!」

この酔っ払い共が!と呆れて声を張上げるキヨさんが、見るからにフラフラなザキさんの肩を抱いて戻ってきて内心で何故かホッとした。
ザキさんはいつもより更に険しいしかめっ面で俺の隣にどかっと腰を降ろすと、いきなり肩を掴まれぐいっと引き寄せられる。

(次はザキさん!?)

安心出来たのは束の間、みるみる内に近づいてくるザキさんの顔が怖くて、咄嗟にその口元を掌で覆ってしまった。
やってしまった!と慌てふためく俺の背後では笑い転げる世良さんと、状況がうまく飲み込めていないキヨさんが俺の名前を小さく読んだのが聞こえた。
ザキさんは一瞬かなり恐い顔をして、けれども何かが閃いたのか、さっきの世良さんのような悪戯っぽい表情を浮かべた。
でもそう思考が判断するよりもちょっと早く、ザキさんの口元を覆ったままだった俺の掌が生暖かい何かに擽ぐられて、ひっと小さな悲鳴を上げてしまった。
咄嗟に離した手はザキさんに素早く捕まえられる。
笑みを浮かべる唇からは赤い舌がちらりと見えて、掌を舐められたんだと改めて理解して驚愕する。
固まったまま口をぱくぱくさせる俺を良しとしたのか、ザキさんは俺の耳たぶに唇を寄せながら「世良さんより、もっと気持ち良くさせてやるよ」と小さく呟き、キヨさんと世良さんの視線なんて関係無いと言わんばかりに大胆に唇を重ねてきた。
頬に集まる熱。
熱く湿ったザキさんの舌がぬるりと俺の舌を絡めとって、俺は僅かに肩を震わせる。

(ザキさんとキス…何か、上手い気が…する)

ちゅっちゅっと唇や舌を吸われる度に行き場の無い熱が沸いてきて、俺は為す術もなくただ受け入れるしか無かった。



「お、お前ら!いい加減にしろ!赤崎!」

暫くして漸く助けてくれたのはやっぱりキヨさんだった。
ぼんやり霞む視界で見てもキヨさんの表情はかなり強張っているように見える。
それはそうだよな。
男同士でキス、それもチームの先輩と…キス…

「わー!椿!どうした!」

「あ、いえ、俺、うあ」

今更になってとんでも無いことをしてしまったときちんと理解した俺、本当どうにかしてる。
世良さんとザキさんはいつの間にか二人とも机に突っ伏して寝息を立てているし。
キヨさんは顔面蒼白で呆然とする俺を心配して取りあえずとミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれた。

「キヨさん、俺、」

「お、俺は何も見ていない!お前も何もしていない!それでいい!」

わかったか!と凄い剣幕で言い聞かせられて俺は咄嗟に首を縦に振る。
それを見て良しと呟いたキヨさんは相変わらず言葉で言い表すのは難しい何とも言えない表情を浮かべていたけれど、それより今は酔い潰れてしまった二人の介抱が優先だと言って立ち上がったから俺もそれに倣う。
各々の部屋に連れていくのは面倒だから取りあえずここで寝かしておこうと布団を敷いて、二人を移動させ寝かせて、散らかった部屋を簡単に片付けた。
その間キヨさんはキスについて何も言わなかったけれど、終始難しそうな顔をしていたから俺は黙ることにした。
ある程度片付いた部屋を確認して、時刻がすっかり朝方へと切り替わる頃キヨさんは部屋を出ていった。
帰り際に何か言いたそうにしていたけれど珍しく何だか歯切れが悪そうで、結局顔をしかめただけで終わってしまった。



静かになった部屋で僅かに聞こえるのは二人の寝息と俺自身の呼吸だけ。
長かった一夜の出来事に思考を巡らせると浮かんでくるのは世良さんとザキさんとのこと。

(あ、明日…どうしよう)

あ、今やっと理解した。
キヨさんが何であんなにそわそわしていたのか。

(どんな顔して会えばいいんだ…)

安らかに響く二人の寝息を聞きながら、まだまだ俺の夜だけは続く。



end



おまけ。

(男同士でキスって…!世良はともかく赤崎はディープキスしてるし!…あのまま椿の部屋で寝かせて良かったのかな…いやだからと言って俺の部屋はちょっと…やっぱ椿の無事を祈るしかないな…)

現在進行形で色々と脳内で葛藤をする清川なのでした。

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