029.別れの後には虹がかかる/サクセラ

※堺さん引退話捏造の為ご注意



ロッカールームのベンチに腰掛けたままどれくらいの時間が過ぎただろうか。
ぼんやりしたまま無意識の内に掌で握っていた貰ったばかりの新品のユニフォームは気付けば部分的に皺を作っている。
でも俺の中では皺くちゃで土埃が所々にこびりついているのが当たり前で、

(新品のユニフォームなんか公式戦デビュー当日に貰って以来、俺は背番号20番を3年間大事に今まで着てきたんだ)

俺はぎゅっとそのユニフォームを抱き込むようにして身体を縮こめた。

「こんなユニフォームなんかいらねぇんだよ…」

ポツリと自分の口が溢した声は想像以上にか細くて、一人きりのロッカールームに反響する間もなく消えてゆく。
口に出してみて改めて実感させられうなだれるのは、真新しい違う背番号のユニフォームと先程の監督や後藤GMの言葉、そして俺の席の隣に必ずいた筈の堺さんの席が上田に変わっていたせいだ。



――『次節を持って堺が引退することになったから、これが次からお前が背負う番号だ』――

そう言って渡された9番は俺が背伸びをしても腕を精一杯に伸ばしても届かなかったあの背中で、いつも必ず俺の前を走っていた憧れの番号だった。
点が入らずむしゃくしゃしていると冷静に諭してくれる、怪我をして落ち込んでいると不器用ながらも励ましてくれる、いつもETUの勝利を一番に考えているそんなサッカー選手の鏡みたいな堺さんが背負っていたから、俺はめげずに一心に追いかけていたのに。

(こんな形で受け継ぎたくない、堺さん、何で)

何で何で何で。
30代過ぎてもまだまだ現役でやってる選手なんかごまんといるし、サッカー生命に関わる大怪我をした訳でもないし、況してやETUが戦力外通告をする筈もない。
それなのに、何で。

「堺なりに考えての結論なんだろう、俺だって達海だって何度も説得したさ、それでも首を振り続けた」

それ程、堺の気持ちは固まっているんだよ。
そう言って悔しそうに下唇を噛んで掌を握りしめる後藤GMを俺は初めて見た。
達海監督は俯いたまま何も言わなかったけれど、ETUの各試合データだろう沢山の資料と乱雑に書き殴られた作戦盤を小脇に抱えていたから、きっと監督なりの説得もあったんだろうと思う。
そんな彼らを目の当たりにして、怒って泣いて嫌だ信じないとすがり付いて懇願することなんて出来る筈も無かった。
だから俺は目にいっぱい涙を溜めたままただ呆然と立ち尽くし、そして今こうして一人ぼっちになったロッカールームで静かに涙を流すんだろう。

(…心にデカイ穴が空いたみたいだ)

目標を見失った俺はこれからどうすればいいんだ。
怒鳴られたり馬鹿にされることが多かったけれどそれでも堺さんは俺をFWとして認めてくれて、だから嬉しくてもっと頑張ろうもっと練習してもっともっと試合に出てそしていつか堺さんを越えるようなクールで格好いいストライカーになるんだって決めたのに。



――ガチャッ

不意にロッカールームの扉が開かれる音がした。
今更泣き顔なんかはどうでも良かった、ただ小さく俺の名前を呼んだその声に弾けるように顔を上げた俺は、ぐしゃぐしゃになった汚い目を見開いた。

「…堺、さん」

「きったねー顔」

「な、んで」

「忘れ物」

淡々と短い言葉を置いてスタスタと俺の目の前にやってくる堺さん。
そしてベンチに丸まる俺の頭上を堺さんの腕が通過したと思い見上げると、その手にはハンガーにかけてあった着古された俺の汚いユニフォームが握られていた。

「もう要らねぇんだろ、これ」

「え、あ」

「交換」

「え…?」

「そいつと、交換だ」

変わらず淡々と、でもじっと俺を見つめるその瞳は試合の時の堺さんみたいに力強く。
話が読めないとポカンとただ見つめかえす俺に溜め息を吐いた堺さんは、徐にシャツを脱ぐとインナーの上から俺のユニフォームをかぶった。
堺さんが着る20番は俺の名前が書かれているからか違和感ばかりで、でもそのツートーンカラーはやっぱり堺さんにぴったりだった。

「堺さんにはやっぱりETUのユニフォームが似合うッス」

「当たり前だ」

「…だから、脱がないで下さい」

「……」

「ずっと着て、ずっと走ってて欲しいんスよ」

今まで通りに俺の前を余所見しないで真っ直ぐに走り続けていて欲しいんス、そんな堺さんが、俺は。

「俺はもう第一線では戦わない、でもお前の背中なんて見るのはごめんだ」

「…?」

「それにお前は俺を捕らえた風な口振りだけどな、そうそうETUの9番を譲ってたまるか」

「堺さん…?」

「お前が9番に恥じないプレーヤーに成長出来るかどうか見ててやる」

そんで少しでもへたれたり迷ったらすぐ引き摺り下ろして、この汚ねぇユニフォーム着せるからな。
堺さんはそう言ってほんの少しだけ呆れたように微笑んだ。
その笑みは昨日までは一度も見ることの無かった柔らかさを含んでいて、現役選手としての鋭さが抜け落ちた堺さんはこんな風に笑うんだと、悲しさと共に何だか胸の奥がぽかぽかと温かくなった気がした。

「俺、頑張るッス、追いついて隣に肩を並べらるまで真っ直ぐに走るッス」

「ん」

「…堺さん、俺はずっと好きです、ずっとずっと」

「ん」

見上げた堺さんの顔は少し悲しそうに何処か遠くを見つめていたけれど、俺の決意の様な告白には「追い付いたらキスの一つでもしてやるよ」と意地悪そうに言ってはまた笑った。

――これからの俺の未来と堺さんの未来が再び交差することなんかは期待しないしそんな日はもう来ないんだということは互いに重々に承知の上で。
それでもこうして未来に約束を残すことで見えない堺さんと繋がることが出来て、俺の足元に真っ直ぐに伸びているレールの先に堺さんの背中があるならば。
今は、今だけはこの言葉を紡いで未来を信じて進むしかないんだろう。

「さよなら、堺さん」

これから選手じゃなくなる堺さんと背番号9番を受け継ぎETUのストライカーとして走り出す俺が向かう先には同じ虹が架かりますように。
今はそれを信じて走るしか無い。



end.



何だか結末が悲しくなっちゃったサクセラ^^;
久々にちゃんとしたの書いたよー
堺さんに夢見すぎな気がしてきた今日この頃w


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