025.黙って笑って傍にいて/ガミキヨ

ソファーに埋まった体をゆっくり起こして、不意に欲しくなった水分を求め立ち上がった。
実際は冷蔵庫まであと6歩程先なんだけれど、今は何だか果てしない先に有るようで。
いつも何気無く歩いている距離がやけに遠く感じるのは何でだろう?
そう、やけにフワフワと思考が入り乱れる頭で考えながらヒタと裸足が冷たい廊下を蹴った瞬間、ぐらりと揺れた視界に脳内が何事だと判断を下す前に、俺はものの見事にデカイ音を立ててリビングにぶっ倒れた。
頬に触れるひんやりと冷たいフローリング。
ああ、何か気持ちいいかも。
そう思った時には既に俺の思考は何処かにふっ飛んでいて、熱く火照った身体に染み渡るフローリングの冷気に促されるように、俺はゆっくりと瞼を閉じた。



* * *



「あれ…ここ、ベッド?」

ぼんやりと霞む瞳が映し出したのは見慣れた天井と部屋と、お馴染みのベッド。
あれ、俺確かリビングの床に頬擦りしたままブラックアウトしちゃった筈なんだけど…?
と、つぎはぎの思考を手繰り寄せて考えてみるけれど謎は解ける筈もなく。
その時、不意に香った温かくて何処か懐かしい香り。
それに誘われるように、俺は未だ覚束ない足取りで香りがする方へとゆっくり足を進めてみると。

「あれ、清川…?」

「あ、ガミさん!何で起きてんすか、ちゃんと寝てて下さいよ!」

「え??」

そこにはいる筈のない清川の姿が何故かあって、更には何故か俺の家のキッチンにエプロンを身につけて立っていて、その上あの香りは清川が作っているらしい鍋から漂っているようで。
普段のサイドバックらしい瞬時の判断力は何処かへ行ってしまったのか、俺は目の前で繰り広げられている全ての光景が理解できずに突っ立ったままで、ただ清川の動きをぼんやりと眺めていた。
すると、「ひえピタ貼り代えるんで」と言って呆れ笑いを浮かべた清川に手招きをされたから、素直にそれに従う。

「ガミさん、熱あるってわかってるんすか?リビングにぶっ倒れててビビったんすから」

「あーやっぱ俺床で寝てたんだ?何かぼーっとすると思ったら、そうか熱か」

「まったく…堺さんだったら本気で怒鳴られてたッスよ?」

気づかぬ間に額にくっついていたひえピタを清川の手によって剥がされ、そして冷蔵庫から新しいのを取り出し再び俺の額に貼り付ける。
すると不思議にも身体中の熱がひえピタのひんやりに中和されていくようで、思わず安堵の息を漏らすと清川は柔らかく微笑んだ。

「キッチンすんません勝手に使ったッス、お粥、もうすぐ出来るんで」

だからもう少しベッドで寝てて下さい。
そう言ってくるりと背を向けて再び作業に取り掛かろうとした清川を、俺は無意識に引き止めてしまった。
手には握られたエプロンの紐。
しゅるりとほどけたそれは清川がキッチンカウンターに立つ少し前でツンっと突っ張り清川の足を止めた。

「どうしたっすか?しんどかったら肩掴まってくださ」

「…あのさ、」

「はい?」

「お粥、楽しみだけどさ…あー俺、ソファーで寝てていい?腹も減ったし」

「あ、まぁ、すぐ出来るんで、じゃあちょっと待っててください」

清川はパタパタと一人寝室へ向かうと何処からかブランケットを持ってきて、ソファーに横たわった俺にかけた。
そしてその足で急いでキッチンへと戻ると再び作業を始めた。

(…良い後ろ姿)

ぐつぐつと湯気を昇らせる鍋とお粥の懐かしい香り、いつもと違い長い髪の毛を一つ結びにして露になった首筋と久々に見た無地のエプロン。
リビングダイニングタイプの間取りにあるキッチンはソファーから丸見えで、まさにこれは。

(風邪をひいた旦那を献身的に看病する妻ってとこだな)

エプロンもブランケットもそもそもは俺の部屋にあったものでは無い。
俺自身はあまり使わないキッチンにはいつの間にか調味料がそれなりに揃っていて、ミネラルウォーターと缶ビールしか入って無かった冷蔵庫には今は少しの食材とひえピタが一パック。
リビングのローテーブルには新品の薬瓶が置かれている。

(気付けば、いつの間にか)

ぶっ倒れる前の意識朦朧とした中で通話ボタンを押したのは着信履歴の一番上で、きっと会話は儘ならなかっただろうけれどそれでも何かを悟ってくれた清川はこうも献身的に俺を看病しに来てくれた。
折角のオフなのに。
明日からはまた練習が始まるのに。

(いつの間にか清川でいっぱいの部屋と、部屋に清川がいるのが当たり前になっている、俺)

何か特別な事をする訳でもなく、特別な言葉を伝える訳でもなく。
それでもこうして何気無く心の隙間に入り込んでくる大切な存在を改めて実感した俺は、今この瞬間、きっと世界一ハッピーな病人だ。

「ガミさん出来たッスよー」

「清川、好きだよ」

「…は?え、お粥ッスか?」

「ちげーよ…まぁいいや、次はその土鍋でちゃんと鍋やろうぜ、二人で」

「そうッスね!ガミさんが元気になったら…それまで鍋は置いておくッスから」

また一つ、俺の部屋に増えた清川の存在。
それは特別なことなんて何もない、ただ平凡な一時を黙って笑って一緒に刻む大切な存在だ。

(あー、俺、すげー幸せ)



end.



おまけ。

「風邪って運動したら治りが早いっていうよな?」

「まぁそうッスね」

「じゃあ清川一緒に運動しようぜ」

「いいッスけど、この時間からだと…ランニング?」

「屋内で十分出来る運動あるだろー?では早速失礼します」

「へ?何でのしかかって…って、え!?運動ってこれ、ちょっ!ガミさんストップ!!」

「ストップは無し、一緒に仲良く汗かこうぜ?」

「いやだっ…あ、やめっ」

おまけend.



ガミさんの素敵な額にひえピタを貼るキヨを妄想してたぎったっていう(^p^)
いつもはツンツンしてるけど病みガミさんには優しいキヨさん^^
優しいっていうかこれじゃ最早おかんだねww


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