026.おうちへ帰ろう/タツバキ

いつものように自室に籠っては次節対戦相手の試合DVDを見ながら攻略法を思案していると、不意に携帯電話のライトがチカチカと点滅するのが目に入った。
有里とか後藤からの連絡だったら直接ここにやってくるのを待ってようかなんて考えながら、試合を一時停止させ携帯電話の小さなディスプレイを覗く。
するとそこには予想外の珍しい名前がスクロールしていた。

「椿?なんだ珍しい」

二つ折りの、今では結構古い機種に当てはまるのであろうそれを開くと『新着メール 1件』のサインがあり、更に携帯電話に促されるまま先へと進むと椿が送ってきたであろうメールの内容が表示される。

件名:かんとく
本文:(無し)

「おいおい何だよ本文無しって、あいつふざけてんのか」

ETUの監督に就任して以来、絶対に必要だからと半ば強引に携帯電話を有里に持たされたはいいものの、しかし中々その活躍の機会には恵まれず。
原因は成人男性の指には少し小さい気がするテンキーや、簡単で便利なツールが揃っているというキャッチの割りには何だかわかり辛い操作方法やら些細な事まで含めれば様々だけれど、あえて二人には口にしていない。
それは34歳にして機械音痴のレッテルが貼られるのは癪だってのと、まぁ有里と後藤が俺のために色々探し回って操作が一番簡単なものを選んでくれたってこともあったから。
だからこの『携帯していない電話、若しくは携帯しても使えない電話』は実力を発揮することもなく、最近は専ら自室の留守番要員のスターティングメンバーに固定されていた。
だからメールを受信する瞬間に出会したのは久々で、更にはフィールド上でしか中々自己主張をしない椿からのいきなりのメール(まぁメールなんて大概はいきなり送られて来るもんだろうけど)ときたもんだから、一体何の風の吹き回しだと思いながらもほんのちょっとだけ嬉しくてほんのちょっとだけその内容に期待もしたのに。
それがまさかの本文無しメールという予想外の展開に、俺は盛大に溜め息を吐いた。
と同時に、添付ファイルを示す(と、以前村越に教えて貰った)クリップマークを発見した。
きっと椿の事だから、本文無しメールと同様で俺に関係無い写真を間違って添付しちゃったとか大体にして想像が付くけれど、まぁ受信したんだからとりあえず見てやろうと選択キーを押す。
するとそこには。

「夕焼け…何処だここ?何か見覚えがあるな」

写真の下部に映る鉄橋と川と緑から推測するに場所は河川敷のようで、その背景に映るのは綺麗な茜色を斑に帯びた夕焼け。
そして写真に小さく映り込んだ子供達がサッカーボールを片手にこちらにブイサインを送っていた。

「…これ、今日?っつーか椿は何してんだよ」

笑顔を浮かべる少年等の足元に置かれたまま写真に一緒に映り込んだスポーツバック。
それは椿が普段使用しているチームロゴが入った公式のバックとは別の、俺の部屋に泊まりに来た際に何度か持ち込んでいた某有名スポーツブランドのバックだった。



* * *



『あのっ!すんませんした!!』

呼び出し音の後、通話になった途端椿が発した第一声。
酷く焦った様子でバラバラになった言葉を捲し立てるように慌てて喋るから、一旦深呼吸をさせ落ち着かせた後改めて喋らせ数十分。

「…つまりは俺に息抜きして欲しかったってわけな?」

『そうッス!…う、その、すんませんした、慌てて送信しちゃって、メール』

「本文無かったのは間違いだと」

『そうッス!送信中止しようとしたら間に合いませんでした…』

辿々しくも一生懸命に説明する椿の言葉によると、河川敷でボールを蹴っているところへ子供達がやって来て一緒になって遊んでいるといつの間にか日が暮れていて、でも目に入った夕焼けがめちゃくちゃ綺麗で。
そういえば…って次節対戦相手の研究だと言って俺がクラブハウスに籠っていることを思い出した椿が、少しの気晴らしになればとその風景を切り取って送ってくれたって訳だった。

「お前やること一々可愛い過ぎ、それにオフは休めって言ってんだろーが」

『う、すんません…河川敷で子供とサッカーすんの楽しくて、つい』

携帯電話の向こう側の椿はきっと今、少しだけしょんぼりしつつもはにかみ微笑んでいるんだろう。
いつも二人きりでいる時なんかは俺の我慢や焦燥を全然理解せずに散々好き勝手に煽ってはいざという時にへたれるチキンのくせに、ふとした瞬間に見せる心遣いや優しさが意外に直球だったりして実を言うとかなり心臓に悪かったりする。
今日だってまさか、『監督はずっと部屋でDVD見て研究して、だからきっと外を見る時間も無いんだろうなって、思ったんです』という台詞が椿の口から出るとは思っていなかったから、かなり嬉しかったのと同時に無性に椿に会いたくなってしまった訳で。

「椿らしいな」

『ど、どういう意味すか?』

「うーん…まぁとりあえずはさ、腹減んない?」

『え、えぇ??』

「久々に飯でも食いに行くかー、俺今日はお好み焼き気分なんだよ」

『あ、う、うす!行くッス!』

「ん、いい返事」

じゃあこれからそっち行くから…って、そこどこだっけ?と聞くと、返ってきた言葉につい吹き出してしまった。

(江戸川河川敷って)

現役時代、物思いに耽る際結構世話になっていた場所、その名前を久々に聞いて新めて椿から送られた写真を見て頬が緩む。
良く見てみれば鉄橋も川も緑もあの頃から何も変わっちゃいない。
変わった点を強いて挙げるとすれば、それは紅く焼けた空の下笑顔で子供達とサッカーをする椿が今は隣にいるんだってこと。
あの頃は一人河川敷でぼんやりした後、一人クラブハウスへと帰るだけだった。
けど今は。
一緒に飯食ってサッカーで笑ってホームへと並んで帰ることが出来るあいつがいる。

「よし、行くか」

椿が待つ懐かしき河川敷へ。
二人で夕日を背負って歩いて笑い合いながら飯食って。
そんでサッカーボールを蹴りながら、手繋いでおうちへ帰ろう。



end.



この前凄く綺麗な夕日見て、突発的に書きたくなったタツバキ(^w^)
椿の何気ない言動にこっそりドキドキするタッツミーでした^^
椿はお馬鹿ちゃんだけど勘…というか嗅覚(?)はいいと思う!

因みに江戸川河川敷は実際にあるけど適当に選んだのであしからず!


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