020.懐かしい匂い/ゴトタツ

(…懐かしい匂い、どっかで嗅いだことがある…)

イングランドのど田舎にある小さな街外れのサッカーグラウンドで、俺はたった一つ、東京から持ってきたサッカーボールを蹴っている。
フットボールが出来ない筈の俺の足はなぜか器用にボールを玩んでいて、そして気付けば俺はかつてのETUのユニホームを纏っていた。
その姿は端から見ても至極楽しそうで、夢とか希望とかそんなかっこいい言葉だけじゃ表せない程にキラキラと輝いて見えた。



* * *



(…何の匂いだっけ…?)

明るい日差しにゆっくり瞼を開けると真っ先に目に入ったのは見知らぬ天井。
なんだ夢だったのかとぼんやりする脳が判断を下し瞬きを何度か繰り返した後に、やっとここがいつも寝泊まりをしている元物置部屋ではないことに気が付いた。

「あれ…どこだ、ここ」

「俺の部屋、覚えていないのか?」

昨日一緒に飲んで、達海はそのまま寝ちゃっただろ?
そう言って後藤は呆れつつ優しい笑みを浮かべた。

「えー、じゃあ後藤はどこで寝たんだよ、ここ俺が占領してたのに」

「う…ソ、ソファかな」

しどろもどろになって苦笑いを浮かべる後藤をベッドに横たわったまま訝しげに見上げると、暫くして観念したのかはぁっと息を一つ吐いて口を開いた。

「寝たよ、ちゃんと…デスクで」

きりが良いところで中々仕事が終わらなくてな、いつの間にか眠っていたみたいでさっき目が覚めたよ。
ふあっと欠伸を一つしてにっこり微笑む後藤を見てやっぱりなと納得する。
しわしわになったワイシャツとくたびれたネクタイを見れば、後藤が俺と酒を飲んだ後も夜通し仕事に暮れたんだろうことは直ぐにわかった。

(自分は無理してるくせに、人の心配ばかりしやがって)

後藤は俺の調子が悪い時、悩んでいる時、不意に寂しくなった時、何故か毎回タイミング良く必ず現れては理由も聞かずに黙って側に居てくれた。
それはもう、俺の心に反応する変なセンサーでも付いてんのかって思ってしまうくらいだ。
けれどその反面後藤は自分の事については専ら無頓着で、ここ最近は仕事ずくめの生活を送っていたらしく睡眠も食事もままならない状態だったようだ。

「後藤さー、いくら働き者の日本人だってそこまでは働いてないよ?」

ましてや今日は後藤も休みな筈なのに、24時間ずっとスーツ姿でいるのはあまりにも窮屈じゃないのか。
休日にも関わらず仕事をするのは俺やおやっさん達や有里も一緒だけどやっぱりたまには。

「よし!後藤、息抜きだ」

「俺はもう充分休んだよ、達海の方こそ、…あ!忘れてた!」

「え?」

言葉の途中で慌てた様子でいきなりキッチンへと駆けていった後藤は、暫くした後湯気が立つマグカップを二つ手にして戻ってきた。

「…あ、この匂い、」

「コーヒー淹れたの忘れてたよ、達海も久々にどうだ?」

すっと手渡されたカップにはゆらゆらと揺らめく黒い液体と、後藤のとは違ってふんわりと甘く香る懐かしい匂い。

(今日見た夢でも感じたあの匂いはコーヒーだったのか…)

それも、俺だけ特別に砂糖が多めに入った甘いコーヒー。
現役時代によくお邪魔していた後藤の家で朝を迎えた日には、毎回口にしていた懐かしいものだった。

「後藤が淹れたコーヒー飲むの、何年ぶりだろ」

「懐かしいだろ?」

熱々のマグカップをそっと口に寄せると鼻腔を擽る苦さと甘さが混じった独特の香り、そして口の中を通して身体中をもゆっくりと満たしてくれる温もり。

「あーやっぱ、後藤今日は休みだな」

「え?だから、あっ」

後藤の手に収まっていたマグカップを奪いサイドテーブルに俺のと一緒に置いて、そしてそのままぐいっと引き寄せ体制を崩しベッドに手を突いた後藤にぎゅっと抱きついた。
肩口に額を擦り寄せて「後藤もコーヒーの匂いする」と呟くと、小さく聞こえた笑い声と共に背中にぎゅっと腕を回された。

「俺夢見たんだよイングランドの、一人でサッカーしてたんだけど、なぜかそこでコーヒーの匂いっつうか後藤の匂い?がして、」

言葉の途中でちゅっと触れるだけのキスが降ってきて一瞬びっくりしたけれど、後藤の顔を除き込むと困ったように微笑んでいたからしてやったりと俺も笑う。

「…朝からそういう事言うなよ」

「休む気になった?」

「…なりました」

観念したように呟いた後藤の唇が再び俺の唇に優しく触れる。
そうして暫く互いを確かめ合うようなキスを堪能して、そのまま二人揃ってゆっくりと体をベッドに預けぎゅっと抱き締めあった。
ふんわりと香る後藤の匂いと、淹れたてのコーヒーから香る懐かしい匂い。

(後藤に触るの久し振り…だから夢に出てきたのかねぇ)

イングランドでの監督生活も現役時代の栄光も、その時は深く感じることは無かったけれど全て一瞬一瞬が輝いていた気がする。
そして勿論、きっと今も今でそれとなく良い筈だ。

(…後藤もいるしね)

懐かしい匂いと柔らかなベッド、そして愛する後藤の腕の中で、今日は一緒にゆっくり休もう。



end



大人ほんわかエロスを目指したんだけど、あれ?エロスはどこ行った←

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