010.ラストノート/タツバキ

「椿さー、何かつけてる?」

さっきから何かふわっと良い匂いがするんだけど、もしかして椿?と世良さんが首を傾げたのを見てキヨさんもうんうんと頷いた。

「俺も気になってた!爽やかっていうか、男にしてはちょっと甘めな…」

そう言いながらキヨさんが俺の首筋に顔を寄せてきたから驚きで大きく飛び上がってしまった。
香水って自分じゃ匂いがわからないけれど周りには結構匂ってたんだ!と脳内でパニックにながら俺は「スンマセン!」と大声で謝る。

「あの、ファンの子に貰ったッス…俺っぽいからって言って」

「へー!椿なかなかやるな!俺は流石に香水は貰ったこと無いな」

「いいなぁー、女の子が椿の為に選んだんだろー?すげー羨ましいー」

世良さんとキヨさんに羨ましがられるけど俺は何だか複雑な気分。
ファンの子が折角贈ってくれたものだからやっぱり一度は使った方がいいのかなと思ったけれど、こうも周りに香ってしまうと何だかいたたまれない気分になる。
その原因は単純明解で、ただそれを脳内で確信するのは少なからずの抵抗と恥ずかしさがあるわけで。

「ブランドどこ?」

キヨさんの手がポンッと肩に乗せられて初めて自分がぼんやりしていたのに気づき、慌ててスポーツバックから取り出したのは掌サイズの四角いボトル。
透明のガラスにプリントされているロゴはETUではすっかりお馴染みのものだった。

「アディダスかよ!」

「アディダスって香水もあるんスねー、初めて知った」

何かスポーツ選手って感じするな!と笑いながら世良さんがボトルを蛍光灯に掲げて眺める。
すると世良さんの掌から不意に香水が取り上げられて、世良さんが間抜けな声を上げたのにつられて俺とキヨさんも視線を上げると。

「「監督!」」

その瞬間に顔が強張ったのは俺だけで、世良さんとキヨさんはそんな俺のことなんか気付かずに達海監督と楽しげに会話を弾ませる。

「何これー」

「香水ッス!椿がファンの女の子に貰ったらしいんスよ!」

「なんか良い匂いさせちゃってるんすよ、椿の奴、色気付きやがって」

「ふーん」

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら送られる二つの視線と一緒にぐさぐさと刺さる鋭い視線が痛くて、「そんなんじゃ、無いッスよ」と苦笑いで答えるのが精一杯だった。

(監督、絶対怒ってる!…今更何を言おうと言い訳にしか聞こえないだろうな…)

俯きどう弁解しようかと頭を抱える。
ファンに対する感謝のつもりだということだけはわかって貰いたいけど、果たしてどう言葉にすれば伝わるだろうかとぐるぐる考えていると、いきなり監督が俺の腕を引いて何も言わずにロッカールームを出ようとするものだから俺はもうただ着いて行くしかない。

「じゃ椿、お説教するので来なさい」

「へ!?え!あ、なんっで」

「今日の練習試合ヘマしただろー、次やったらパッカと交代だかんな」

監督の台詞で絶望に打ちひしがれる俺を見て、キヨさんと世良さんは爆笑しつつ「頑張れよー!」と手を振るから力無くそれに応え、そして引き摺られるままやってきたのは監督の部屋。
すっかり来なれてた足の踏み場がない床に散らばった資料を上手く避けつついつもの定位置に辿り着くと、その瞬間ににふわっと背後から腕が伸びてきて監督に抱きしめられた。
首筋に顔を寄せられて驚くも緊張と監督の拘束で俺は身動きが出来ずに体を硬直させるだけ。
肩と腰を抱いていた手がするりとインナーの中や臀部をまさぐり初めても逃げられなくて、暫くして監督が腕をほどいた時にはすっかりゆでダコの様に赤面してしまい監督の手を取らないとふらふらな状態になっていた。

「椿の匂いしかしないけど」

「え…?あ、香水スか?もう匂い消えちゃったのかな」

「まぁラストノートっていって、香水の最終段階の香りって人それぞれの匂いと混じって特有の香りになるらしいから」

もう椿の匂いと一体化しちゃったのかもな。
そう言って監督は再び俺の首筋に顔を埋めて大きく深呼吸をするから、大慌てでベッドの上へと避難した。

「監督、くすぐったいッス!」

「あれー?何も反省して無いのかな椿ぃ」

「え、反省?…あ!練習試合のは、本当すんませ、!うわっ!!」

ニヒーと悪い笑みを浮かべて近付いてくる監督に必死に頭を下げつつ距離を保つけれど、結局はいつものように不安定なベッド上での攻防戦ってことで自ら倒れ込んだ上に監督を巻き添えにしちゃって、端からみれば押し倒されているような状況を作ってしまった。

(〜っ!本当、俺のバカ!!)

すぐ近くに監督の顔があるのがわかるからどうしても視線を上げられない。
次第に熱が集まる頬を隠したくても両手は監督にしっかり握られてしまっていて、自らが招いた事態なのにどうしようとショート寸前の頭を悩ませる。
監督はそんな顔色を赤くしたり青くする俺を見て吹き出した後、そのまま俺の上に覆い被さりぎゅうっと体を密着させて笑った。

「本当お前、楽しいけどやっぱりちょっと抜けてるよな」

「う…スンマセン」

「謝るとこ、そこじゃないでしょー椿」

「う、…香水?」

超至近距離で目を覗きこまれ、監督に優しく諭されているようで俺は自分の気持ちを全てさらけ出した。
すると「ファンの気持ちを大事にするのは凄く大切だよ」と言って頭を撫でてくれたから俺も安心して微笑む。

(よかった、監督わかってくれた…)

そう心の中で安堵の息を吐いたと同時に、監督は俺の安心と期待を瞬時に裏切るとんでもない発言をする。

「でも俺ってー結構嫉妬深いっつうかさー」

「ええっ!?監督!?」

「何もしてない椿の匂い好きだしさー、何か甘いんだよね、椿って」

「ええ!?甘いッスか!?」

「うんうん、だからあえて香水付けなくてもいいよ、うん、そうだそうしよう」

何か良くわからないけど上手く丸め込まれた気がしないでも無いような…。でも監督が俺の本来の匂いが好きって言ってくれたのは嬉しいし、俺もやっぱり監督の普段の太陽のような暖かい匂いが好きだから、あの貰った香水は部屋に飾っておこう。
そう決めて俺も監督にぎゅっと抱きついて首筋に顔を寄せた。
鼻孔をくすぐる優しくて暖かい監督の匂い。

「俺も好きッス、監督の匂い」

へへへっとはにかんでその胸に顔を埋めると監督の掌がまた頭を撫でてくれたから、俺はまた同じ言葉を繰り返した。



end



おまけ。

(この体勢って何かしてもいいよな?好きって言ったし椿の方からくっついてきたし、何かやたら積極的でしかもはにかんじゃってるし、もう辛抱ならないんだけど)

35歳、達海猛、葛藤中。

おまけend。



アディダスの香水が思いの他爽やか甘くて椿にぴったりな気がしたので^^*
名前が『victory league』で更にたぎった^p^


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