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薬草の香りが小さい頃から好きだった。
大好きな祖母の香りだったからだ。
薬草探しに出かけて、見つけたそれを持ち帰ると祖母に褒めてもらえて嬉しかった。小さい頃の記憶は鮮明に覚えている。

「いってくるね、おばあちゃん」

祖母が好んで座っていた椅子に目を映す。少し不安定に置かれた花瓶から除く花は鮮やかな色を揺らした。窓から差し込む光が照らす。眩い光に目を細める。
私の声は静かに何処かへ消えた。いつもの事、いつも通り。

玄関に鍵をかけて、両手に少し大きめなカゴを持ってリュックを背負う。今日は隣町へ出張のためいつもより少し荷物が多い。踏ん張るぞ、と自分自身に気合いを入れる。
祖母から受け継いだこの仕事を無駄にはしたくない。祖母の人脈は絶大だった。私もまだまだ未熟だが、祖母が築き上げてくれたものを大切にしていきたい。

私の住む村は小さな集落だ。周りは一面山に囲まれている。隣町への出張は小さい頃に祖母と共に行ったのが最後になる。道は地図を何度か見て暗記しているから大丈夫だが、一人で向かうのは初めてだ。別に怖い訳じゃない。幽霊という非科学的なものは信じていないし今までにも見たことがない。だからそういうのに怯えているんじゃない。

「お、なまえちゃん。お出掛けかい」
「はい。隣町まで」
「凄い荷物だね。一人で大丈夫?」
「大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」
「知ってると思うけど、夜には山賊が彷徨いてる噂聞くから早く行くと良いよ」
「ありがとうございます。夕方までには向こうにたどり着けるよう、頑張ります」
「気をつけてね」

山の近くの道沿いにある最後の民家に住むおじさんが声をかけてくれた。おじさんのカゴには沢山の野菜が入っていた。収穫時期なのか、おじさんも忙しそう。軽く会釈をして早足で立ち去った。

今はお日様は真上にいる。まだ大丈夫だ。
隣町まで徒歩で3時間程度。少し休憩しても夕方までには絶対に辿り着けるはずだ。絶対に。

「絶対大丈夫。絶対行ける。山賊なんか、いるもんか。幽霊なんか、いるもんか」

唱えるように呟きながら山道を進む。
さっきのおじさん家が見えなくなる程進んでから足を止めた。
耳に届く木々のざわめきと、小鳥達の鳴き声と、私の髪を揺らす優しい風と、澄んだ空気の香りと、私の五感をくすぐる全てがとても心地よかった。山の中、人の声がしない自然の中。なんて心地が良いんだ。

だから、多分私は油断していたんだ。

「あ?誰だテメェは」

見たことのない赤が見えた。それは、以前祖母に本で見せてもらったルビーの宝石に良く似ていた。ルビーの宝石は眩い光を放つ。宝箱を見つけた子供のように胸が高鳴った。キラキラと輝いては透き通るような赤色に私は声を出せなかった。

綺麗。
そう思ったのは嘘じゃない。

「ここはテメェみたいなもんが立ち入っていい場所じゃねぇ。どっから入ってきた」

その言葉と共に浮遊していた思考が戻ってくる。

あれ、この人誰?
この道は…どこ?

身の危険に右足が一歩後ろへ下がる。石が転がっていく音がした。危ないと考えるよりも先に視界がぐらついた。浮遊感を感じて空を見上げると、さっきの赤色が揺らいでいた。

「う、っわぁあ!!!」
「あ、おい!!」

記憶力はある方だ。昔から暗記してものを覚えるのは得意だった。だけどそれ以上に私は方向音痴だったことを忘れていた。コンパスを首にかけていないことに今気が付いた。あぁ、だめだ。16歳を過ぎたらもう大人なんだと思っていたけど、まだまだ子供だ。間違いなく。最初からこうなることを分かっていたような気もしてきた。

両手の力が抜けて薬草を敷き詰めていたカゴを手放したのだけは覚えている。遠退いていく意識と共に感じた香りは私の知らないものだった。



後悔なんて役に立たない



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