嫌なことは訪れるのがとても早い。昨夜ナツと出掛けた時に、初めて聞かされたナツの想いと私への感情。向けたことのないそれらの想いに私はただただ動揺していた。
一晩中瞳を閉じていたが、眠れたのか、眠れてないのか覚えていない。ただただ考えるのはナツのことばかりだった。自分の気持ちが良くわからない。私はどうすればいいんだろう。
『ナツ!ファーストネーム!聞こえるか?今から一時間後にアニマを開く。場所はだいたい…ここだ!分かるか?』
そんな念話が聞こえてきた。ウォーレンが言ってた場所をルーシィ達に伝えると、ここからそう遠くないようだ。「元気でな」そう告げるルーシィの言葉に、頷くことしかできなかった。
ウォーレンの示した場所まではナツの魔導四輪で送ってもらった。後ろに座っていたナツは乗り物酔いのせいで終始くたばっていたが、前席に座る私とナツは言葉を一言も交わさなかった。
私の右手を握る左手が、言葉を話さずとも彼の気持ちを全て伝えてくれていた。行くなと叫ぶ彼の嘆きが、痛いほどに伝わってきた。胸が苦しくなりつつも、彼の気持ちに答えてあげることができなかった。そう、彼のことが好きだと気がついていたにも関わらず、昨夜意識せずともナツからされた口づけに、身体と心が反応してしまった。まるでずっと昔から、ナツを求めていたように、私の心は彼の愛情に満たされてしまったのだ。
「…もうすぐで着くぞ。後ろの俺は生きてるか?」
「…いや、今のところまだ死んでる」
「…ったく。そんなんでこの先ファーストネームを守っていけんのかよ」
「…ナツ、」
言葉が声にならなかった。
前を見つめるナツの眼差しが、いつも以上に寂しげで、心が嘆く程に胸が苦しくて張り裂けそうだ。
「…ファーストネーム」
「なに、」
「…楽しかったぜ。お前ともう一度出会えて、旅行して…あの頃に戻ったみてぇでよ。懐かしくて嬉しかった。お前の笑顔も何一つ変わってなくて、俺が愛した、俺を愛してくれたファーストネームそのものだった」
「…」
「…お前は気付いてねぇかもしれねぇけどさ、俺は気づいてだぜ。出会った時からずっと、お前が俺に好きだと言ってくれた時から、ずっとな…」
「ど、どういうこと?」
「…お前が恋して、愛してんのは…俺じゃねぇだろ。…俺じゃなくて、もう一人の俺だ」
「えっ…」
その瞬間、私の中の疑問が一瞬にして消え去った。あぁ、そうか。私は…知らず知らずのうちに、ナツをナツと重ねて…好きだと思ってしまっていたのか。
「そりゃ顔も声も同じだからな。勘違いすんのも無理はねぇ。俺だって勘違いしちまうくれぇだし。俺が好きだったのもお前じゃなくて…俺の知るファーストネームだった。気づいてたのに、言い出せずにいて悪かったな。最後の最後までお前を困らせちまって…悪かった」
「どうして、」
どうして、そんな嘘をつくの?
「だからよ、アースランドに戻ったらもう一人の俺に告って幸せにしてもらうんだぞ?俺だからお前をちゃんと幸せにしてやれると思うからさ」
確かに私は、ナツにナツを重ねていた。貴方を愛する度に何処かでナツのことを考えていた。だから気持ちが矛盾していた。そう気づかせてくれたのも貴方のお陰だ。
だけど、違うでしょ。ナツは違うじゃない。あの時話してくれたナツの気持ちも、あの時優しく触れた唇も、私を包んでくれた温もりも、全部、全部…もう一人の私に向けたものじゃなかった。ちゃんと、一人の私として、ナツは私を愛してくれていた。なのに、どうして。そんな嘘を、つくの?
「なんで、」
「何も言うんじゃねぇよ。何も…お前と話すことはもう全部話したからな。……さ、着いたぜ。いい加減後ろの俺も起きろよ!おい!」
私の言葉を遮るように、車を停車させてから後部座席で横たわるナツを起こしている。
何も言うな、そう言われてしまえば、何も言葉にできなくなる。そしてその言葉のせいでより一層、ナツの嘘が真実に近づく。
ナツ、ナツ、ナツ…
貴方はどうしてそんなにも、優しくて私のことを庇うの…最後の最後まで貴方は、私を手放したくない、そう言ってたじゃない。なのに、どうして。
言葉にできない。声にならない。それほどまでに心が嘆いた、叫んでいた。涙が今にもこぼれ落ちそうで、私の目元で必死に堪えている。泣いてしまえば彼の気持ちが全て無駄になる。そう強く言い聞かせて、自分の心を押さえつける。
それぞれの思いを乗せた車は、目的地へとたどり着いていた。