ルーシィお騒がせ少年、ナツ・ドラグニルとはあの日を最後にしばらく会う事はなかった。会う事がないというよりも、彼が店へ来ていなかっただけなのだが。返そうと思い洗濯しておいた彼のマフラーも彼の元へと戻る事なく、今もまだ私の部屋のタンスの上に置いてあるままだ。
「浮かない顔して、なんかあったのか?」
「マスター!い、いえ…特には」
「例の少年の事かい?」
「ぶっ!は、はぁ!?何を言い出すんですか!マスター!!」
「おや、図星だったとは…青春だなぁ」
「ちょ、ちょっと勘違いしないでくださいよ!マスター!私は何も!」
「…まぁ彼も仕事が忙しいんだろう。そのうちまた顔を出してくれるはずさ」
「別に私は…あいつが来ようが来まいが関係ないです…」
逃げるように店内から走り去り、店周りの掃除をするためにほうきを片手に店の外へと出た。
今日はどんよりと厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が振りだしそうだった。雨の日はお客さんの数も減るし、あの日の出来事を思い出してしまうため嫌いだ。あの日、私の両親が死んだ日も冷たい雨が降る日だった。どうか、降り出さないでと空へと願いを込めていれば、聞きなれた声が私の耳へと響いた。
「名前〜!」
「ハッピーちゃん!」
ハッピーちゃんの声を聞いて思わず連想してしまうのは、ナツの事だった。会いたいだなんて思ってはいなかったものの、会えると思えば少しばかり胸が躍った。 だけどそんな淡い期待も直ぐ様砕け散っていく。
「こんにちは!貴女が名前さん?」
明るい声で登場したのは、大きな二重の可愛らしい女の子だった。綺麗な金髪が風になびいてついつい見とれてしまう。 彼女を見るだけで、この子が誰なのか分かってしまう。多分、この子は、ルーシィ。
「はじめまして!あたしルーシィ、貴女の名前はナツ達から聞いてるわ!ここのお店のカルボナーラが美味しいっていつも口癖のようによく話してくるから」
「…初めまして、ルーシィ」
輝かしい笑顔を向けてくる彼女に対して、心から笑う事のできない私は自分がとても情けなく思えた。
「ナツがね、マフラー探してて…もしかしてお店に忘れて行ってなかった?」
「あ、それならあるよ。ちょっと待っててね」
急いで自分の部屋へと向かい、タンスの上にあったナツのマフラーを持ってきてあげた。
「ありがとう、名前!ナツもこれで元気になるはずだよ!」
「…ナツ、具合でも悪いの?」
「大した事じゃないんだけどね…あたしのせいで深傷をおっちゃってて…」
「だけどナツの事だから直ぐに元気になると思うよ!心配しないで、名前」
私を気にかけて励ましてくれるハッピーちゃん。どうして怪我なんてしたんだろうと頭を悩ませていたら、ハッピーちゃんが何かを思い付いたように私に提案してきた。
「ナツ、この街の東の森にあるポーリュシカさんの所で治療受けてるから、良かったら名前のカルボナーラ届けてあげてくれないかな?」
「それは名案ね!絶対あいつの事だから喜んで食べると思うわ」
「お代はこれでいい?」
「え!ちょっ、ハッピーちゃん!こんなにも受け取れないよ!」
「気にしないで、それナツのお金だから」
「そこじゃないでしょハッピー…」
「…なんだか、ごめんね。ありがとう」
お店の利益のためだと思い彼らの頼みを受け入れた。二人にお礼を伝えてから、後日ポーリュシカという人物の元で治療を受けているナツの元へパスタを届けることが決まった。 あまり乗り気ではなかったが、あんな大金をいただいてしまっては断る事ができなかった。
去り際にもう一度ルーシィに目を向けた。顔も可愛くてスタイルもよくて性格もよさそうだ。そんな彼女の第一印象を感じながら胸の奥が小さく痛んだ。この痛みの正体が何なのか、気がつくまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
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