とんだ災難の日この世界は魔法が溢れている。
周りを見渡せばほとんどの人達が魔法を使い、魔法と共に生きていた。 キラキラと輝くように見える魔法は、幼い私にとってはとても憧れのものでもあった。自分にも、いつか。そう思えば未来が待ち遠しく感じた。
だけどその思考は一瞬にして砕け散った。 私が憧れていた魔法に、私の両親は殺されたのだ。あんなにも輝かしく思っていた魔法が、こうも簡単に人の命を奪うものなのかと、幼い私は心に深く傷を受けた。
それから月日が経ち、私は17歳になっていた。 魔法は更に進化を遂げて、世界中に"魔導士ギルド"が誕生し各地の街の発展を支えていた。
私の住む街、マグノリアにも一つの魔導士ギルドがあった。その名も「妖精の尻尾」。街の中心部にでかでかと建てられたギルドの建物はこの街の象徴でもある。 だけど私はその建物に一度も近づいた事はなかった。何故なら私は、魔導士が嫌いだからだ。魔法を使う彼らがとても醜く思えた。それは両親が死んでから生まれた感情である。幼き頃に感じていた魅力的な輝きは、既に消えてなくなっていた。
勿論、こんな私に魔法の力が目覚める事はなくて、魔法で溢れるこの世界の中で一人取り残された、そんな感覚がした。だけどそれでよかった。魔法なんて二度と見たくない。そう思っていたからだ。
「名前ちゃん、今日はロックで頼むよ!」
「またですか?あんまり飲み過ぎないでくださいよ、うちのお店以外では」
「わかってるって!!俺はこの店にしか通ってないんだから!な!マスター!」
「どうせ名前目当てだろうテメェは」
「ありゃ、ばれちまってたか」
爽快に注いだお酒を口内へと流し込む常連さんを横目で見つめた。 私は幼い頃にここの酒場のマスターに拾われてお世話になっていた。幼い頃から酒場の手伝いをしていたため、物心ついてからも毎日のように店の手伝いをしていた。 マスターにはとても感謝している。身寄りのない私を本当の娘として可愛がってきてくれた。せめてものお返しと年老いたマスターのためにお店の手伝いをさせてもらっていた。
「そーいやぁよぉ。知ってるかぃ?また妖精の尻尾のやつら、街を破壊したり森を損壊したりと暴れてるらしいぜ」
「…妖精の、尻尾…」
「すまないねぇ旦那。この子の魔導士嫌いはまだ治っちゃいねぇんだ」
「ん、そういやぁそんな事前に言ってたなぁ。すまんすまん」
「い、いえ。大丈夫ですよ。気にしないでください」
「お!そうだ名前、裏口のお酒を店内に運び入れてくれねぇか?」
「あ、分かりました!いってきます」
マスターに軽く会釈をしてから裏口へと逃げるように立ち去った。 マスターはいつも私の苦手な話題となれば先程のように助けてくれる。そんなマスターの優しさが身に染みた。
裏口へと出れば外は少し肌寒かった。もうすぐ冬へと季節が移り変わる今の気候は、朝晩がとても冷え込むのだ。身体が冷える前に用事を済まそうとお酒の入った箱に手をかけた。その時だった。
「っ!あぶねぇ!!!」
「えっ…」
少し明るめの男性の声が聞こえたかと思えば、次の瞬間身体へ衝撃と痛みが走った。あまりの出来事に唖然とする中で痛む足に目がついた。打撲ですめばいいんだけど。そんな事を考えながらぶつかってきた人物へと目を向けようとするが、既にその人物の姿は消え去っていた。
微かに残る独特な香りに酔いしれる中、当て逃げとは最低の奴だと少し腹が立った。
「あー…もぅ…」
床に散らばるお酒を見つめ大きなため息が漏れた。最悪だ。かなりの数の酒瓶が割れている。口から愚痴を漏らしながらも地面に散らばる瓶クズを拾い上げた。 マスターになんて言い訳しよう。 そんな事を考えながらも先程の人物へと怒りが収まる事はなかった。私は普通の人より鼻がいい。今度見つけた時にはたんまりと被害額を請求してやる。とんだ災難だ。
再び大きくため息をつきながら、重い腰を持ち上げて残りの酒瓶を店内へと運び入れた。
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