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消え去れ、恋心

ナツとルーシィが恋人同士だと気づいた日から、日中は店にいる事を避けた。マスターの買い出しを代わりに行い、あいつが来ていた時間帯には極力店にいない事を心がけた。
会いたくなかったし、会っても何を話していいのかわからなかった。
正直な所、人を好きになったのも初めての事だったし、しかも他人のものでもある人物に想いを寄せたのも初めてだ。初めての事ばかりでどうしたら良いかがわからなかった私は、あいつと会わないという選択を思い付いた。
会わなければ辛い気持ちになる事はないし、これ以上あいつの事を考えて心を乱すこともないだろう。私が何故、あいつのために心を乱さなければならないんだ。そう思うだけで腹立だしかったし、早くこの感情を自分の中から消し去りたかった。

「今日はりんご十個と、レモンが六個と、オレンジが五個と…ってマスターの代わりに買い出しするようになったのかい?名前ちゃん」

「ま、まぁ…。これお代です。ありがとうございます」

「持てるかい?ちょっと女の子にしちゃぁ、量が多いような気がするが…」

「大丈夫ですよ!果物屋さん。お気遣いありがとうございます」

「気をつけて帰りなよ、ありがとな!」

果物が入った紙袋を両手で支えて、抱きかかえるように持ち上げた。少し重たく感じたものの、持てない重さではなかった。
持ち上げれたのはいいのだが、どうにも前が見えにくい。人にぶつからないためにも、道の隅を歩いて行こうと移動した。その時だった。

ドンッ

「あ!」

「すまねぇ!大丈夫か!?」

どうやら人にぶつかってしまったようだ。ぶつかった反動で果物が幾つか道へ転がっていく。それらを慌てて拾ろうとすれば、ぶつかった人物が拾い上げてくれていた。

「おい、大丈夫か?すまなかったな、ちょっと考え事してたもんで…ほら、これ」

「すみません、ありがとうございます」

果物を受け取って、ぶつかった相手に目を向けた。黒髪の好青年でとても好印象である。果物を受け取り手に持つ袋へと入れた。改めてお礼を告げようとすれば、彼の後ろにいた人物に目を見開いた。

「お前、重そうなもん持ってんな。運べるか?」

「あ、や、大丈夫です。ありがとうございます」

「おいグレイ、何してんだ、って…」

あいつの猫目と目が合った。それと同時に心音が加速して、胸が熱く苦しくなる。会いたくない。今一番会いたくない人物に出会ってしまった。

「どうしたのナツ〜」

そして聞きたくない高音が私の耳につく。
どうして、こんなにも、運命は私の事を追い詰めしまうのだろうか。

「なんで、グレイが名前と一緒にいんだよ…」

「ぁあ?名前だぁ?」

「…ナツには、関係ないでしょ」

私を睨む猫目を、更に鋭く睨み返した。
私が誰といようと関係ない、あんたの横にはルーシィがいるじゃない。

「関係ねぇ訳ねぇだろが!お前、ずっと店にいなかったじゃねぇか!まさか、グレイと…」

「私が何処で何しようとナツには関係ないでしょ!」

ナツに対して、言葉を発するだけで精一杯だった。ナツの後ろからこちらを覗くルーシィの姿を目にして、胸が押し潰されるような感覚に陥る。

もう、嫌だ。これ以上私に、関わらないで。

果物の入った紙袋を強く抱きしめて、ナツ達に背を向けて勢いよく走り出した。追いかけてこないで。そんな言葉を心の中で叫んでいたら、その思いが伝わったのか、あいつが追いかけてくる事はなかった。

こんな気持ちになるならば、あいつの事を好きになんてなりたくなかった。好きになる事がこんなにも辛いものだと知っていたら、私は恋などしたくなかった。

早く、消えろ。私の恋心。

心の中で強く願って、走る足を更に速めた。