不快な気持ちコホン、コホン。
静かな部屋に空咳が響く。 寒暖差の酷い気候のためか、いつになく体調を崩してしまった私は今朝から部屋で寝込んでいた。 運よく今日はマスター不在のため店は定休日だ。
明日までには帰るとマスターから伝言を聞いていたので、今日は1日ゆっくりと休むことにした。 久しぶりに出た高熱に身体中の間接が悲鳴をあげていた。早く熱が下がらないかなと思いながら、ペットボトルの水を飲み干した。
「…何してんだ、んなとこで」
「…は?」
突然聞こえてきた声に驚きながら顔をあげると、なに食わぬ顔で私の部屋へと入ってくるナツの姿があった。
「…は?え、何してるの…あんた…」
「それは俺の台詞だ。店に来ても誰も居ねぇし、此処に来てみりゃお前寝てんし…どうなってんだ?」
「いやいやあんたの頭の中こそどうなってるの!?今日は定休日だし、店の前の看板に書いてたでしょ!?見てないの!?」
「看板?…んー、んなもんあったか?」
「…見るわけないよね、ナツだもん…はぁ。更に頭が痛みだしたよ」
「…そーいやお前」
「な」
なんだと問いかけようとする前に、私の顔へと顔を近づけてくるものだから、あまりの出来事に硬直してしまう。彼の瞳を見つめる事数秒で、閉じていた口が小さく開いた。
「…お前、熱あんのか?」
「一応…ってなんでそんな事分かるの」
「顔が真っ赤だ」
「…」
あんたが近づいてきたからだとつっこんでやりたかったが、そんな体力すら自分には残っていなかった。再び頭痛が酷くなったので、心配するナツを無視して布団へと身体を預けた。 彼が来てからというものの、熱のせいで火照っていた身体が更に火照って熱すぎる。以前に増して加速する心音を聞きながら、瞳を静かに閉じた。
「…あのおっさん居ねぇのか?」
「いないから残念ながらカルボナーラは作れないわよ」
「いつ戻ってくんだ?」
「早くて明日」
「…」
「…」
急に無口になるものだから、なんだと思い瞳を開く。瞳に映ったナツの顔はいつにも増して酷く落ち着いていた。心なしか心配そうに私を見つめているように見えた。
「…何?」
「…食いたいもん、なんかあるかよ」
「え、」
「買ってきてやるよ。薬とかちゃんと飲んでんのか?」
「いや、風邪引いて薬とか、飲んだこと、ないし…」
「んじゃそれも一緒に買ってきてやんよ。ゼリーとかそんなもんなら食えるか?」
「え、ちょ、待って待って。どういう事?」
「どーもこーもねぇよ。病人は寝てろ。ある程度のもんなら買ってきといてやるからよ」
意味がわからないと反論しそうになる私を無視して、そのまま部屋から出ていった。何がどうなっているんだ。どういう風の吹き回しだ。ナツが私のために、買い物を?あり得なすぎて笑えてくる。きっと嘘に決まっている。彼の得意ないつもの冗談に決まっている。私のために、そんな事を…ナツがするはずない。きっと…
更に激しくなる鼓動を居心地悪く感じた私は、そのまま瞳を固く閉じた。 これは夢だ。夢なんだ。そう信じたくて、そう信じていないとこんな気持ちの悪い感情を消し去る事ができなかった。 嬉しいだなんて、私は絶対思ってなどいない。
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