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体育祭前日の夜(1/3)



体育祭もいよいよ明日だ。胸が高まると共に、精のつくものを食べようといつものスーパーへと出掛けていた。

学校帰りに毎日のように自主練をしたお陰か、以前よりも個性を使える時間が増えた。活動限界を向かえた際に起きる気持ちの悪さも、少しだけだが改善された。そんな些細な出来事さえも、私にとってはとても嬉しかった。

「今日は精のつくものを食べて、明日に備えて早く寝るぞ!!」

意気込みながらスーパーへと入れば、夕方のタイムセール時と重なってしまったためか、多くの人々で賑わっていた。凄い人だと呆気にとられる中、日中お茶子ちゃんに教えてもらった精のでる食材を取りに向かう。

「…色んな種類があるんだな…。よもぎ餅。よもぎってなんだか美味しそうだから、これにしよう」

お昼休みにお茶子ちゃんに質問した。お茶子ちゃんにとって精のでる食材は何かと。迷うことなく彼女はお餅と答えてくれた。お餅はエネルギーもあり、腹持ちも良いため、彼女はいつも食しているようだ。
そんなお茶子ちゃんのアドバイスを元に、私も今日はお餅にトライしてみようと思っていた。

「…とりあえず、これくらい買えば十分かな」

お餅だらけの買い物カゴを持ち上げれば少し重く、身体がよろけてしまい、他の人の買い物カゴとぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさ」

「あ?…」

「ば、爆豪くん!?」

「…なんでテメェがんなとこにいんだよ…」

見慣れたシルエットに思わず声があがった。
全身黒一色の部屋着に着替えた彼は、気だるそうに買い物カゴを持っていた。

「爆豪くん…もしかして、はじめてのおつかい!?」

「ンだとコラァ!!おつかいじゃねぇわ!テメェの発想は小学生かクソタレ目ェ!」

「そ、そうだよね…だけど、スーパーで買い物してる爆豪くんが新鮮で…」

「つかテメェも何買っ…ってなんだ。餅しか入ってねぇじゃねぇか…餅になりてぇのかお前…」

「ええええ、そんなに引き気味に言わないでよ!明日体育祭だから精のでるものを食べようと思って、」

「ぁあ?餅で精が出るわけねぇだろうが。アホかテメェは。…あぁ、アホか」

「いやだから一人で納得しないでよぉ!お餅は精がでるってお茶子ちゃんが教えてくれたんだから!間違いないよ!」

「…テメェも丸顔になりてぇのか。つか元々丸顔か。デブが更にデブってどうする」

「ちょぉぉ!?私女子!?口が悪すぎて目が飛び出そう!!」

「餅食って精が出んのは丸顔だけだ。もっとちゃんとしたもん食えよデブ」

「あだ名ァァ!!まだタレ目の方がよっぽど良かったよ!!元に戻してお願いだからぁぁ!」

「ハッ。デブでもタレ目でもブスでもどれも変わんねぇだろ」

「一つ増えてるぅぅ!!心が痛いッ!!」

「……貸せ、」

「…え?」

「だいたいなぁ、こんなに餅ばっか食って精が出る訳ねぇだろが。考えただけで分かるだろ。本当、モブの考えてん事は理解できねぇ」

ブツブツと文句を言いながらも、私の買い物かごへと次々に食材を入れていく爆豪くん。
彩りの綺麗な緑黄色野菜や、新鮮な魚に赤身のお肉。普段なら手に取る事のない食材が、カゴの中へ山積みになる。

気がつけば、いつの間にかお会計も済まされていて、買い物袋を両手に持ってスタスタと歩きだす爆豪くん。理解ができなくて呆然としていたら、「はよ来いやクソ女ァ!!」と罵声を浴びせられた。

「ちょ、爆豪くんん!?どこ行ってんの!?てか買い物…お金、出してくれてたよね!?いくらやったの!?」

「ごちゃごちゃうるせぇ。黙ってついてこいや」

「え、けど…」

「喋んな!次喋ったら殺すぞ!」

「またいつものパターン…」

彼の短気な性格は直らないものなのだろうか。いや、無理だろう。入学当初から爆豪くんを見てきたが、暴言を吐いてない時など見たことない。ここまでも口が悪い人にも出会った事がない。だけどそんな、人と少し違った彼に興味を持っているのは事実である。
短気で口は悪いけど、戦闘時の頭の回転の速さは、尊敬するほどのものだ。ヒーローを目指して努力している彼の姿は、いつも輝いて見えていた。

「あっ…」

そんな事を悶々と考えていたら、爆豪くんの腕に目がついた。血管が少し浮き出てきていて、指先部分が妙に赤い。相当の量の食材を買い込んだためか、買い物袋が重いんだろう。なのにそんな事は一言も口に出さないで、先程からずっと持ってくれている。優しいのか、不器用なのか、良くわからないが、彼のそんな部分は嫌いじゃなかった。

「爆豪くん」

「ぁあ?話しかけてくんな、つか喋んな」

「重いでしょ。片方持つよ」

「重かねぇわ!モブの分際で余計な心配してんじゃねぇ」

「心配するよ。だって、手のひらぼろぼろでしょ?」

「は?」

「今日、学校でプリント配るときに爆豪くんの手のひらが見えてさ。体育祭に向けて特訓してるんだなぁって思う程、ちょっと痛そうだったから…」

「んなもんテメェには関係ねぇだろ」

「関係あるよ。だってそれ私の荷物でしょ?自分の分くらい自分で持つよ!なんたってヒーロー目指してるから!」

「…勝手にしろ」

ドサッと私の分の買い物袋を地面へ落とすかと思っていたが、案外すんなりと手渡しで渡してくれた。少し素直すぎたので、疑いの目で見つめていたら、更に激しく睨み返された。

それから数分。見慣れた道を会話をする事もなく、とぼとぼと歩いていたら爆豪くんの足が止まった。何処についたのかと思い、顔を上げれば自分の住むアパートの前だった。

「…はよ。鍵出して開けろ」

「…え、えええ!?私の家!?何がどうなって!?」

「いいから開けろ。そして黙れ」

「あ、開けるけど…ちょ、ま、えええ!?私の家ェェ!?」

鍵を開ければそそくさと靴を脱いで中へ入っていく爆豪くん。何がどうなっているんだと呆然としていたら、早く入れとキレ気味に催促された。

中に入れば、先程購入してきた食材を広げて、キッチンへ立つ爆豪くんの姿があった。
何をしているんだ、彼は。明日はいよいよ体育祭だというのに、こんな、私の家なんかでクッキングをしていていいのか、爆豪くん。

「え、ちょ爆豪くん!?どういう風の吹き回しで…」

「ぁあ?精のでるもんってのをテメェに教え殺してやる」

「教え殺すというか…もしかして作ってくれるの!?え、おつかいは!?」

「おつかいじゃねぇっつってんだろがクソ女ァ!!」

「ば、晩御飯は!?光己さん達待ってるんじゃ、」

「ババァ達は仕事でいねぇ。つか、呑気に突っ立ってねぇで、ジャガイモ皮剥けやカス」

「あ、は、はい!お手伝いさせていただきます!」

かくして、何故か爆豪くんのお料理教室が私の家で開催される事になった。

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