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海辺での自主練



「待って!待ってよ!爆豪くん!」

人混みをかき分けて、やっとたどり着いた爆豪くんの背中。振り向いた彼の表情は酷く歪んでいた。例えれば、出久くんと見るときと同じような表情だ。

「おい…タレ目」

「へ?」

「俺の後ろを必死に追いかけてきてんじゃねぇわ。胸糞悪い…今すぐ俺の前から消えろ、そして死ね」

「は?」

私に暴言を吐き捨てて、そそくさと靴を履き替えて帰っていく爆豪くん。ついてこいと言ってきたり、消えろと言われたり、どんだけ気分屋なんだ彼は。そんな彼の姿に呆気にとられながらも、その場に立ちすくんでいたら、「大丈夫?」と聞きなれた声が背後からした。

「出久くん…」

「盗み聞きしてた訳じゃないんだけど…さっきのは、多分、僕と名字さんが重なったんだと思う」

「私と、出久くんが?」

「ほら、僕とかっちゃんって幼なじみだって前に話したでしょ?小さい時とかよく、さっきの名字さんみたいにかっちゃんの背中を必死に追いかけてた事がよくあったんだ。だから、さっきの名字さんの姿が僕と重なって、あんな態度をとったんだと思うよ」 

「待って、それだと…爆豪くんは出久くんのこと相当嫌ってるの?」

「名字さんが思ってる以上に、僕とかっちゃんの仲はあまり良くないかな…」

「そうなんだ…」

「だけどね…あんな奴だけど、昔からずっと尊敬してる。僕にとっては身近で、最初に出会ったヒーローは、かっちゃんだったんだ」

姿が見えなくなる程に小さくなった爆豪くんの背中を見つめて、出久くんが呟いた。その眼差しは、どこか寂しげに感じた。きっと出久くんと爆豪くんの間には、私では想像できない程の何かがあるはずだ。戦闘訓練の時もそうだったが、お互いの眼差しがお互いに何かを訴えていた。本当はもっと、仲良くなりたいんじゃないかって思えてしまうほど、二人は必死に、自分の胸につかえた思いを叫んでいるように思えた。

「な、なんかごめんねっ!僕の私情なんか話しちゃって…ただ僕は、あまり気にしなくても大丈夫って言いたくて…ってそんなに気にしてなかったらごめんね!?お節介だよね、本当に…」

「そんなことないよ!わざわざ教えてくれて、ありがとう。…二人の間の溝も、いつか消えてなくなればいいね」

「…うん、」

それ以上は出久くんとその話はしなかった。聞いてはいけないことだろうと思ったからだ。出久くんもそれ以上その話をしてこなかった。だから聞かなかった。男の因縁、女が口出ししてしまっては駄目なものだと思ったからだ。

その日はそのまま出久くんと共に下校した。
先日彼に渡してあげたオールマイトチョコをとても気に入ってくれたようで、良かったと胸を撫で下ろした。



爆豪くんと変な感じになりつつも、週末を向かえ学校がお休みとなった。体育祭まで残すこと後一週間程ある。この週末を有意義に利用して、体育祭で自分の個性を自分のものとして使いこなしたいと思っていた。

学校での自主訓練も可能だと先生が言っていたが、学校では緊張感がなくなってしまうのでやめておいた。物を壊しても大丈夫、怪我をしても大丈夫、そのように思ってしまうからこそ、気持ちが緩んでしまうのだ。
どんな時でも臨機応変に個性を使えるようになるためにと、敢えて学校ではない場所での訓練を選んだ。

「うーみーはーおおきーいー!」

目の前に広がる広大な海を見て、思わず口ずさむ懐かしい歌。久しぶりに海へ来た。どこまでも広がる地平線を見つめては、心がとても和らいだ。いつまでも眺めていたい景色だが、今日は自主練のために来たのだ。気持ちを入れ替えていざ、自主練を始める事にした。

私の個性は手のひらと足の裏から風を吹き出す事だ。それを上手く利用すれば、水中を歩く事も可能になる。水中を歩くだけなら他人に迷惑もかからないし、広大な海ならば誰の邪魔にもならない。海は私にとってうってつけの訓練場だった。

「集中、集中…」

水中を歩くためには、どれ程の質量の風が必要なのか。まずは片足から試してみた。水面上の空気を自分の気と同化させる。放つ気の量を徐々に徐々に増やしていくと、踏ん張れる程のものになった。片足で水面上に立ち、もう片方の足へも同じように気を放つ。ふらふらしながらも、なんとか水面上に立つことができた。

それから数時間程、水面上での自主練を続けた。ある程度コツが掴めてきたので、今ではスムーズに歩けるようになっていた。海面の荒ぶれる風達を利用して、手のひらから風を吹き出しジェット機のように使用する事も可能になった。これならば、水面だけでなく地上でも使える技となるだろう。
自分の個性と向き合う事で、できる事がこんなにも増えるとは思いもしなかった。

『君の個性に自信を持ってほしい。それは君の両親の願いでもあるんだ』

かつてオールマイトが私に向けて言った言葉だ。自分の個性に自信を持つことができなかった私に、エールを送ってくれた。この日を境に私は個性と向き合う事を決めたのだ。恐怖もあったし、不安もあった。だけどそれでも、両親の願いであると知れば前を向くしかないと思った。

「…ちょっと、休憩…」

長時間個性使用のため身体が悲鳴をあげていた。陸地まで戻ってきた私は、砂場へとそのまま身体を休めた。ギラギラと輝いていた太陽も、今では水平線の向こうへ沈みかけていた。水面に映る夕陽の色が眩くて、思わず彼を思い出した。緋色に染まる水面が、彼の瞳に似ていたからだ。こんな休日までも彼の事を考えるだなんて、私はどうかしている。疲れすぎて頭でもおかしくなったんだろうか。そんな事を夕陽を見つめながら、うすらうすらと考えていたら、聞き慣れた声が私を呼んだ。

「…名字?」

「…え!?轟くんん!?」

私を見下ろすオッドアイ。澄んだ二色の瞳に疲れ果てた私が映っている。そう思うだけで恥ずかしくなった。

「なんだ、お前ここで特訓でもしてたのか」

「特訓…うん、そんな感じかな…もう、疲れてヘトヘトなんだ…」

「そんなに、特訓してたのか?」

「朝から、ずっと…もしかして轟くんも?」

「…いや、俺の個性は普段使用すると危ねぇからな。基本休日は体力づくりに励んでる」

「確かに、轟くんの個性は凄いもんね!羨ましい程に」

「…別に、羨まれるようなもんじゃねぇよ」

「そうかな?私は羨ましいよ。そんな素敵な個性を自分のものとして使えるんだから。轟くんだけの、素敵な個性だね」

「…俺だけの…」

「…?どうしたの?大丈夫?」

「いや、なんでもねぇ…そういえば、もう日が暮れるぞ。早く帰れよ」

「あ、そうだね。心配してくれてありがとう。轟くんも、無理しすぎないでね」

「あぁ」

私に背を向けて立ち去ろうとした彼が、もう一度私に目を向けた。

「…名字」

「何?」

「体育祭、頑張ろうな」

「うん!そうだね、頑張ろうね!轟くん!自分の個性に自信を持てるように、私も頑張るから!轟くんにも、負けないからね!」

「…」

「…?」

「…お前の素直な所、可愛いな」

「…は?」

捨て台詞のように最後にそんな言葉を残して、私の前から立ち去った轟くん。心臓がバクバクと高鳴ってとても耳障りに思えてしまう。轟くんの事だ、大して意識もしないであんな発言をしているんだろう。そうとは分かっていても、高鳴る鼓動を沈める事ができなかった。仕方がない。私もしがない女なのだ。あんなイケメンフェイスの彼に、あんな言葉を言われてしまえば、ドキドキだってしてしまう。

そんな自分の高鳴る鼓動に焦りながらも、私も帰路を歩いた。夕陽は既に沈んでいて、空には月が顔を出していた。海辺から離れる際に、何かが爆発するような音が聞こえてきた。事件か何かかと考えながらも疲れていたので、そのまま帰路を歩んで行った。