「………」
目が覚めた。完全にはまだ朝日が登っていなかったため、夜更けの余韻が肌を通じて脳裏を一人歩いていく。
身体をゆっくりと起こせば少しだけ腰が痛んだ。
私の寝ていた枕の隣に並べるように置かれていたもう一つの枕を、ただひたすら呆然と見つめ続けた。
白いシーツのダブルベッドには既に彼の姿はなく、私だけが一人取り残されていた。
乱れていたはずのシーツは、既に綺麗に整っていてまるで私だけしか居なかったようにも思える。
彼は忍者か何かなのか、そんな疑問が頭に浮かべば少しだけ鼻で笑った。
ベッドの側にあった水を手に取り、からからに渇いていた喉を潤した。寝起きはどうしても喉が渇くのだ。
飲み干した水のおかげで喉は潤いを取り戻したが、この部屋に一人きりでいる私の身体の渇きは癒える事はなかった。
唯一、この渇きが癒える時は貴方という甘い果実を食べるその瞬間。かぷりとかぶりつけば、とても甘い貴方の猛毒で一瞬にして心も身体も満たされてしまい、全ての物事がどうでもよくなる。中毒症とはまさにこの事なのかもしれない。
甘い貴方に犯される瞬間が、私が一番輝ける時とまで言いきってしまう私は狂った果実のようだ。
貴方が私の名前を呼んで、優しく唇へとキスを落とし、私の細い腰をつかみながら揺れ動く様を見つめれば、私はどんどん貴方という暗闇の中へと落ちていく。
深い深い闇へと落ちていった私は後には引けなくなっていて、自分で自分の感情を次第に押し殺していった。
『愛して』
ううん、愛してくれなくていい。私は貴方の事なんか愛してないから。
だから「愛してる」だなんて私に囁かないで。これ以上惨めになりたくない。
私と貴方が抱き合う事はただの私の気まぐれで、貴方という果実を食べるために少し寄り道をしてる、ただそれだけなのだ。
だから、私の事なんか気にしなくて構わない。事がすんだら今日のように帰ってくれて構わない。そう、いつもみたいに跡形もないくらいにして私の前から消えてくれて構わない。
いっそのこと貴方の存在さえも消えてなくなってしまえば、こんな感情を抱かずにすむはずなのに。
必死にそうやって自分に言い聞かせて、自分の気持ちを支える。そうでもしないとこの瞳から流れ落ちそうな涙を堪える事ができないから。
「……ナツ、」
薄暗い部屋の中で私の声が静かに響き渡った。
先程まで共にしていた彼の名前を呟けば、我慢できずに瞳から涙がぽろぽろと流れ落ちていく。
これで何度目になるだろう。
ナツに抱かれるたびに、こうやって泣きじゃくるのは。子供じゃないんだから、泣きじゃくるなんて恥ずかしい事なのに、自分の感情を抑えきれない自分がいた。
本当は私だけを見てほしい。私だけを愛してほしい。本当は私だって貴方の事を愛しているのに。
そんな私の気持ちなんて、既に貴方は知っているはずなのに、私を突き放さずにいつも求めてくるのは何故なの?
「愛してる」だなんて囁かないでよ。惨めになるだけだから。
突き放したいのに、突き放せずにいるのは私も同じ。
愛してないはずの貴方の身体を、囁きを、体温を、いつも求めてしまうのだ。
次会えるのはいつなのかと少し期待してしまう私に、呆れて小さくため息をついた。