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09.that's it


「何してんだよ、@…」


ナツの声で我に返った私は、慌てて彼を抱き締めていた腕を自分の元へと戻した。

本当、私は何をしているんだろう…
こんな事を今更しても…今更しても、もう遅いのに。


「ごめん、ナツ…私ちょっと」


私の言葉を消し去るような鈍い音が応接室に響いた。
それと同時にソファがぎしぎしと軋む音も聞こえてくる。
視界が反転したために焦って目の前のナツを見つめれば、彼の瞳はいつにも増して熱を帯びていた。


「ナ、」


私から言葉を奪うように深く、深く、口づけられた。
久しぶりに感じるナツの温もりに身体がじわじわと反応してしまい妙な気分に陥る。
駄目だとわかっていても抵抗できずにいる自分を情けなく思った。

唇から伝わる温もりが、私の全てを満たしていく。胸が熱くなる感覚を感じながらも、肉厚なナツの舌を口内へと受け入れた。


「んっ、あっ…」


卑猥な声が口から漏れる。それほどまでにナツの口づけが気持ちがよくてたまらなかった。

無意識に腰を浮かせてしまう私の姿を見て、更に激しく舌を絡み付けてきた。
熱くて、熱くて、とろけてしまいそうな口づけにあの頃の感情がじわじわと蘇ってくる。


ナツの手が私の太ももへと触れた時に、はっと我に返った私はナツの唇から自分のものを離した。


「ま、待ってっ!ここ会社だし…私、まだ残業して、て…」


乱れた呼吸を整えながら必死に彼へと訴えれば、状況を理解したのかナツもまた乱れた呼吸を整えていた。


「…すまねぇ。こんなことするつもりじゃなかったのに」


「え、」


「…忘れて、くれ。…グレイと幸せにな」


『待って』と言いかけたが口にする事ができなくて、応接室から出ていくナツの後ろ姿を呆然と見つめていた。
悲しそうに笑うナツを見て、胸が酷く痛んだ。

ナツも私と同じなんだ。

同じだからこそ、自分の感情を押し殺して悲しく切な気に笑っている。

先程の口づけから痛いほど伝わってきた。離れたくないと叫ぶナツの声が。
こんな事を思うだなんて自意識過剰なのかもしれないが、ナツがそう叫んでいるように私には聞こえてきたのだ。
何年もずっと、私はナツだけを見てきた。だからこそ分かる事なのかもしれない。

ナツだけを見て、ナツだけを愛して…それは今も変わる事のない自分の確かな感情だ。

そんな気持ちがあるからこそ、優しいグレイを傷つけてしまった。
グレイの優しさに甘えすぎてしまっていた。
自分の気持ちからただただ、ひたすら逃げていただけなのだ。

知らないうちにグレイとナツを重ねてしまって、そんな事さえも気がつかないで、グレイに好きだと伝えていた。

名前を呼ばれる度に、愛してると囁かれる度に、ナツの事を思い出して悲しく笑ってしまっていた。

優しいグレイを、沢山傷つけすぎてしまった。


瞳から流れ落ちる涙は誰のためのものなのか、わからなくなっていた。
自分のため?傷つけたグレイのため?苦しい思いをさせたルーシィのため?愛してほしかったナツのため?
誰のためでもない、誰のためにも泣けない私は悲しくて悲しくてひたすら涙を流し続けた。


私はもう、幸せになんてなれないんだ。

他人の男を寝取って、優しい彼までを傷つけて、それでもまだ恋い焦がれた彼を求めてしまって…

愛に溺れすぎたこんな私が幸せになろうと思う事自体、間違っていたのかもしれない。


「…私はっ、ただ…」


私は、ただ…ナツの事が好きだった。


ただ、


それだけなのに。

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