※コミックス10巻収録の番外編「金兄のバンドは売れる気ゼロです」が前提のお話です。
「あはは…、結構楽しい。 来て良かった」
狭っくるしく、酸素の薄いライブハウスの中で、出雲ちゃんの表情を見た時の衝撃を、何と表したらええんやろう。
頬を張られたような衝撃、とでも言ったらええんやろか…。
俺の全く理解できひん状況で、出雲ちゃんが楽しんでる。
ほんまなら、出雲ちゃんが笑ってくれたことが嬉しいことのはずや。
笑ってほしいと、そう思っていたんは自分やのに。
なのに…
周りの熱とは反対に、どこか冷めていく自分の意識。
見えないバリアで弾き出されたような、自分だけが共有できない疎外感。
出雲ちゃんを好きになれば、何かが変われるような気がしてた。
俺という空っぽの存在が、満たされるような気がしていたんや。
やけど、
どこまで行っても、
なんもない…。
俺は空っぽのまんまや。
人の勢いに押し出されるまま、フラフラとフロアから表に出る。
「…は〜〜っ!」
座り込むと同時に、盛大なため息が零れた。
背後からは重低音の音圧が響いてくるが、それも分厚い防音扉に隔てられ、どこか遠く感じる。
そうや、俺の立ち位置はいつもこんな感じや。
近いんに、どっか遠い…。
皆と一緒のもんを、同じようには感じられへん。
熱うなれへん。
「ひゃぁ!?」
取り留めもない思いに気を取られていた俺の首筋に、冷たいものが押し当てられた。
「出雲ちゃんっ?!」
驚いて振り向くと、冷えたペットボトルを手にした出雲ちゃんが俺を見下ろしていた。
「え?…なんで?中におったんじゃ…」
「私がどこにいようと、私の勝手でしょ」
腕組みをして、口をへの字に結んだまま、出雲ちゃんは答える。
「はぁ…まぁ、そらそうなんやけど…」
意図が分からず、ハハハと曖昧に笑う俺の顔を見ていた出雲ちゃんは、ぷいっと顔を逸らすと言った。
「…なんか、アンタの様子が変だったから」
「えっ!?」
本日二度目の衝撃。
出雲ちゃんが、俺を心配してくれた…?
「…………」
正直、俺は少し引いてしもたんや。
あの空間にも、それを楽しんでいる出雲ちゃんにも…。
やのに、
俺が距離を置いても、出雲ちゃんから近付いてきてくれた…。
胸の底に小さな灯火がともる。
「あんな、出雲ちゃん…」
「何よ?」
黒曜石のような出雲ちゃんの瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
嘘やおべんちゃらの一切通用しいひん、俺の大好きな瞳。
…いつか、俺も熱うなれる日がくるかもしれん。
出雲ちゃんの傍におれたら。
この真っ直ぐな瞳を見つめていけたなら、いつかはきっと…。
end
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